昨日のこと
午後、三時頃。
カカシが綱手に呼ばれて火影の執務室に行くとイルカがいた。
イルカが、ここにいるということは、勿論、五代目火影の綱手の仕事を手伝っていたに他ならない。
朝はアカデミーで昼は受付、そして今は綱手の手伝い。
忙しい人だなあ、とカカシはイルカのことを思う。
人に頼まれれば、何でもかんでも引き受けて、嫌な顔も見せずに最後まで真摯にやり遂げる。
イルカの、そんなところも好きであったけれども・・・。
一生懸命すぎて心配になってしまう。
そう、カカシは密かにイルカに想いを寄せていた。
本当に密かにだったから誰にも気づかれていない。
同性同士だったが、知り合って一緒に過ごす時間が多くなると、自然にイルカの人柄に惹かれていき、気づけば好きになっていた。
その想いは変わることはなかったが、同性に好きになられたと知ったらイルカは、どう思うだろう?
嫌われることはないと思うけれど、距離を置かれるかもしれない。
今の関係、親友のような関係を壊したくもない。
昨日もイルカを誘って二人きりで食事をしたけれど、想いを伝えれば食事に誘っても来てくれなくなるかもしれない可能性がある。
そう思うとカカシは自分の想いを言い出せずにイルカの傍にいるだけで、良しとしたのだ。
「あれ、イルカ先生。こんなところで、どうしたんですか?」
カカシは気軽にイルカに声を掛けた。
「また、五代目にいい様に使われているんですか?」
「いい様って何だ?」
綱手が、じろっとカカシを睨んだ。
「偶々、ここに来たイルカが、偶々、手が空いていたから、手伝ってくれているだけだ。」
「へええ。この前も、そんなこと仰っていませんでしたっけ。」
カカシが茶化すと綱手は眉を顰めた。
「いいだろ。イルカが手伝ってくれると仕事が早く終わるんだから。」
「そりゃあ、そうでしょうけどね。」
なんとなくカカシと綱手が睨みあう。
「あ、あのう、お二人とも。」
険悪なムードが漂いそうになってきたのを見かねて、慌ててイルカが仲裁に入った。
「三時ですから、お茶でも淹れましょう。カカシさんも飲んでいきませんか?」
「あ、いただきます。」
カカシは、あっさりと言ってイルカに向き直った。
イルカの淹れてくれるお茶なら、ぜひ、飲みたい。
テキパキとイルカがお茶の準備をしていると綱手が時計を見て呟いた。
「遅いなあ、シズネのやつ。三時のおやつを買わせに行かせたんだが。」
シズネは綱手の付き人で、いつも綱手の傍に控えているのに姿がない。
「三時のおやつって・・・。」
その言葉にカカシが絶句していると、ちょうど、そこへシズネが戻ってきた。
「ただいま、戻りました〜。」
にこにことして顔で執務室に入ってきたシズネの手には、木の葉の里でも和菓子で有名な老舗の包みがある。
そこの店は美味しいけれど、ちょっと値段が高い。
「おお、ナイスタイミング!」
綱手が手を打った。
「ちょうど、茶も淹れてくれたところだし、皆で食べようじゃないか!」
嬉しそうに綱手は手にしていた書類を放り投げる。
「あの、俺は・・・。」
当の綱手に呼ばれたカカシが、自分で自分を指差すと綱手は手を振った。
「まあまあ、後でいいじゃないか。今は和菓子和菓子。」
シズネが包みを開けると美味しそうな和菓子が姿を現した。
綺麗な和菓子は一目で高級品だと分かる。
イルカの淹れてくれたお茶を美味しそうに飲みながら、そういえば、カカシは首を傾げた。
「なんで、こんな高い和菓子を買ってきたんですか?」
「ああ、それはだねえ。」
綱手が和菓子に齧り付きながら答える。
「聞いたら、昨日、イルカが誕生日だって言うからねえ。」
「えっ!」
「日頃、色々、手伝ってもらっているし感謝の気持ちをこめてだねえ。」
和菓子を、ごくりと綱手は飲み込み、湯のみに口を付けた。
「まあ、ちょっとしたお祝いというか、そんな感じだね。」
「昨日、誕生日だったんですか?」
カカシは昨日、イルカと一緒に食事した。
言ってくれたら良かったのに、という思いでイルカを見ると照れくさそうに笑って「また、一つ年を取りました。」と返される。
その笑顔にカカシは何も言えなくなってしまう。
照れて笑うイルカの顔に見蕩れて・・・。
「で、だねえ。」
二個目の和菓子に手をつけながら綱手は話した。
「誕生日を特に誰とも祝わなかったっていうしさ。」
「・・・そうですか。」
知っていたらお祝いしたのに、とカカシは少し悔しくなる。
「でもですねー。」
横からシズネが口を挟んだ。
「イルカさんてば、昨日の夜は片思い中の人と一緒に過ごせたから幸せです、なんて言うんですよ。」
「・・・えっ!」
はっとしてカカシがイルカを見ると、イルカもカカシを見ていた。
二人の視線が交わり、真っ赤になったイルカが先に視線を逸らす。
そんな二人に気づいているのかいないのか、シズネは言った。
「イルカさんは、その人に想いは伝えてないけど、一緒にいられれば幸せなんて・・・。健気ですよね〜。」
「いったい、どこの誰だろうねえ。」
綱手とシズネは和菓子をぱくつきながら、カカシとイルカの二人を眺めた。
カカシは驚いて目を見開いてイルカを凝視して、イルカはカカシに見つめられて真っ赤になっている。
昨夜、イルカ先生は俺と一緒に食事をして、それで俺がイルカ先生を家まで送っていって、それでそれで・・・。
カカシは何やら頭の中が混乱していた。
頭の中の混乱した事態の収拾に必死だ。
昨日、イルカ先生の誕生日を一緒に過ごした片思いの人って、つまり・・・。
和菓子を食べた綱手とシズネはお茶を啜る。
事の成り行きを、じっと見ていた。
火影の執務室には沈黙が舞い降りている。
それに耐えられなくなったのはイルカだった。
そろりそろり、一歩一歩、執務室の出口に後退していて扉の前に辿り着き、一礼したかと思うと扉を開けて執務室を出て行ってしまった。
気配が、あっという間に遠ざかるところを見ると走って行ってしまったようだ。
「おい、カカシ。」
そんなイルカを呆然と見ていたカカシに綱手は声を掛けた。
「追いかけなくていいのかい?」
綱手は三個目の和菓子に手を伸ばす。
「そうですよ。綱手様の用事は、もう終わったようですし。」
シズネも、そんなことを言いながら二個目の和菓子を手に取った。
その言葉に我に返ったカカシは、一瞬で姿を消した。
兎にも角にもイルカを追いかけていったのだろう。
自分の想いとイルカの想いを成就させるために。
「上手くいきますかね?あの二人・・・。」
シズネが呟くと綱手が少々投げやりに言い放った。
「上手くいくだろうよ。だって傍目から見ている方が、あの二人の気持ちを手に取るように分かるのに、分かってないのは本人たちだけなんだから。イルカにも、いい誕生日プレゼントになっただろうし。」
「そうですよね。上手くいくに決まっていますよね。」
いいなあ〜という溜息を綱手とシズネは同時に吐き、それから無言で和菓子を食べて茶を飲んだのだった。
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