呪印
カカシが初めてイルカを見たのは偶然だった。
上忍、中忍合わせて複数で任務に出たとき。
夜、焚き火に当たりながら上忍のみで作戦会議をしていたときだった。
「情報が圧倒的に足らないね」
「だなあ」
会議は行き詰っていた。
「偵察する時間も余りないし」
「時間は限られている」
短期間の間に任務を遂行せよ、と命令が出ている。
「当たって砕けろ的な?」
「負けるだろ」
「それは勘弁。勝たなきゃ意味ない」
「ま」
一人が肩を竦めた。
「今、ある情報で何とかするしかないな」
「だろうなあ」
結局はそうならざるを得ない。
あーあ。
内心、カカシは溜め息を吐いていた。
うんざり・・・。
んなの、ぱーっとやって、ぱーっと片付ければいいじゃん。
だが上忍の中で一番年若いカカシは発言権がないに等しい。
発言しても適当に流されてしまいがちだ。
若者の発言は重要視されてないらしい。
「まあ、待て」
上忍の中でも年長に当たる上忍が得意げに言い出した。
カカシは、この者を信用していない。
胡散臭いと思っている。
というか、いけ好かない。
態度が尊大で、はっきり言って嫌いだった。
「俺が子飼いの部下にちゃんと探らせてある」
自慢そうに言ってから指笛を吹いた。
独特の音色の指笛だ。
程なくして、一人の忍がカカシの嫌いな上忍の元に降り立った。
真っ黒いマントを頭から被って肩膝をついている。
顔は見えない。
おそらく中忍だろう。
その忍は上忍の口元に二言、三言囁いた。
満足そうに頷く上忍。
「よし、分かった」
用が済むと「もういい、行け」と手で追い払う。
その様子を見てカカシは僅かに眉を吊り上げた。
ぞんざいな仕草に妙に腹が立つ。
同時に、カカシの嫌いな上忍と子飼いの部下と称する中忍に成り立っているであろう信頼関係に思わず、嫉妬してしまっていた。
強い絆があるのだろうか。
繋がりが密接なのであろうか。
追い払われた忍は何も言わず、一礼してから姿を消した。
「あ!」
会議が終わり作戦も大よそ立てられ、後は実行するのみ。
一息つくために水場に来たカカシは足を止めた。
水場には先客がいた。
先ほど見た、あの情報を持ってきた忍。
カカシの声が聞こえたのか、その忍は振り返った。
頭を覆うマントは外している。
カカシと同じ、年若い顔と結った黒髪が見えた。
少年の域を出ない青年だ。
「あんた、さっきの人でしょ?」
顔は見ていないが気配は覚えている。
近づくと警戒しているのか、少しばかり身を引いて構えた。
「そんなに怖がらないでよ」
カカシは笑いながら、その忍の隣に座る。
黒髪の忍は訝しげな表情でカカシのことを観察していた。
「俺、カカシ。あんたは?」
「・・・イルカ」
言葉少なにイルカは応えた。
「イルカ」
口の中で呟くと心地いい響きが広がる。
「いい名前だね」
微笑むとイルカの周りの空気が柔らかくなったような気がした。
「ねえ、イルカ」
カカシは訊きたいことがあった。
「あいつとは長いの?」
あいつ、とはカカシの嫌いな上忍を指す。
「あいつのこと好きなの?」
「・・・は?」
カカシの言っている意味が解らないのか、イルカは目を瞬かせる。
「だって子飼いの部下って言ってたよ。一目置かれているってことじゃない?」
「はっ、何を」
顔を背けたイルカは吐き捨てるように言い放った。
「一目なんて置かれてないですよ、全く」
顔を歪める。
「どっちかっていうと俺は使い捨てだ」
ぎり、と噛んだ唇から血が滲んでいた。
「ふーん」
使い捨て・・・。
イルカとあのカカシが嫌っている上忍はカカシが考えているような関係ではないようだ。
今の発言からするとイルカは、あの上忍を絶対に好きではない。
憎んでさえいるように思う。
「そうなんだー」
にやり。
覆面の下でカカシは口角をつり上げた。
「使い捨てられる前に逃げればいいのにー」
「そんなの・・・」
はあっと大きく息を吐いてイルカは肩を落とす。
「出来たら、とっくにしていますよ」
「じゃあ、何でしないの?」
「それは」
睨みつけるようにイルカはカカシに視線を突き刺す。
「呪いがかけられているからですよ」
低い声で吐き出した。
「呪い?」
イルカは左の腕を黙ってまくった。
手首から二の腕まで露になる。
そこには、うねうねと蛇のような文様が黒い線で描いてあった。
呪いの印、呪印だ。
「これはね、死ぬまで続く呪いなんです。呪いを掛けたのは別の人ですけど」
イルカを子飼いの部下と称する上忍ではないらしい。
「掛けられたのは偶然。火影さまでも解くことはできませんでした」
「いったい、何の呪いなの?」
「所有者が存在する呪いです」
簡潔にイルカは言う。
「自分に命ある限り所有者には絶対に逆らうことができない。死ぬまで従属しなければいけないんです」
死ぬまで所有者の言い成り。
つまり、そういうことだ。
「ん?さっき呪いを掛けたのは別の人って言ったよね?」
所有者は変わることが出来るのか。
「現所有者の命を奪えば、新たな所有者になることが可能です」
「面白いね」
カカシは目を細めた。
「ねえ、イルカ」
つと、呪印が描かれている腕を突付く。
「俺がイルカの所有者になってあげようか?」
「・・・何を」
ずい、とカカシは顔を近づける。
「イルカの所有者に俺はなりたい」
「それは・・・」
ふい、とイルカはカカシから逃げるように顔を背けた。
「あの人も」
「あの人って今のイルカの所有者?」
イルカは頷きながら続ける。
「あの人も最初は俺にそう言いました」
助けてやるとも。
結果は違った。
ただ、自分の命令をきくだけの人間が欲しかったのだ。
「俺は違うよ」
だってねー、とカカシは顔を背けたイルカの顎を掬い、自分の方に向けさせる。
にひひ、と笑ったカカシと目が合った。
「イルカのこと愛しちゃってるもんねー。一目惚れってやつ」
「あい?」
「そ。何ていうかー、イルカを手に入れたいの」
「真実味が感じられませんが」
「それは、これから感じるよ」
カカシの真意が解らなくてイルカは黙り込む。
「所有者だろうか何だろうが」
きらりとカカシの目が光る。
眼光鋭く、獲物を狙うかの如く。
「愛があればいんじゃない?」
愛があればねーと歌うように言ったカカシはイルカの唇に自分のそれを重ねる。
余りの展開にイルカが目を見開いているとカカシはウインクした。
「まあ、見てなさい」
近いうちに俺がイルカの所有者になるから、と。
あれから数年。
カカシと初めて会った日から随分、年月が流れた。
イルカは穏やかな時を過ごしている、少なくとも昔よりは。
イルカはカカシの傍にいて。
カカシはイルカの傍にいる。
どうやらカカシが言っていた「愛しちゃってる」は真実だったようだ。
「イルカ先生」
にこ、と笑ったカカシがイルカを見つめる。
笑顔は初めて会ったときから変わっていない。
「大好き、愛している」
今ならカカシの言葉を信じることが出来る。
腕に付けられた呪印を解くことは出来なかったが、文様が消えるようにはカカシがしてくれた。
「カカシさん」
今ではイルカもカカシを愛している。
そうなるまで時間は掛かったが。
「俺のことが本当に好きだったんですね」
「そうだよ、イルカ先生」
一目惚れって言ったでしょーと。
カカシはイルカの所有者だけれども。
イルカは死ぬまでカカシから離れられないけれど。
そんなの愛があればいいことなのだ。
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