いつか戻る、だから黙って待ちましょう
予想していたことでもあったのでイルカはそれ程慌てることはなかった。
前もって心の準備はしていたのだが、その時と直面すると少しは緊張した。
そして心の奥底で悲しいと思ったのだ。
里の上層部に呼び出されて訊かれた。
カカシと里とどちらが大事か。
どちらを選ぶか。
躊躇なくイルカは嘘を吐いた「里」だと。
里への忠誠には偽りはない。
カカシと答えれば自分の身がどうなるかも解っている。
その返事に上層部は満足そうに頷く。
そして命令を下された。
カカシと別れるようにと。
カカシは大事な里の大事な戦力で将来は上に立つ人間だと諭された。
恋人に現を抜かしている場合ではないと。
それにもイルカは頷いた。
───どうせなら。
本当のことを言えばいいのに。
誰にも聞かせることなく心の中で呟く。
里を代表する忍者に同性の恋人がいるなんて外聞が悪い。
カカシに近づくな。
お前は邪魔だどこかに行け、帰って来るな。
そう言われた方が清清する。
いずれカカシは然るべき女性と結婚して子を成し血は受け継がれ木の葉の里を護っていくのだと。
そのためにカカシとイルカの記憶を操作するとも告げられた。
翻らない決定事項だ。
カカシのイルカへの執着が並々ならないことを上層部は知っている。
一筋縄ではいかない。
だからカカシよりイルカを選んで命令しているのだ。
懐柔しやすい中忍だから。
しかしカカシは上忍で強く聡い。
記憶を操作するにはカカシが信頼を置いている人間の手を借りる必要があった。
成功率を上がるために。
だからカカシよりもイルカが選ばれた。
密かに思う。
滑稽だなと何もかもが。
こんなことで人の心が変わるものか。
その代わりにとイルカは交換条件を出した。
自分の記憶は操作しないようにと。
「カカシさんの記憶を操作して『うみのイルカ』の記憶を忘れさせればいいでしょう」
そうして『うみのイルカ』は『はたけカカシ』の前から姿を消せば問題ない。
「ずっと遠くに行って二度と木の葉の里には帰ってきません」
そうでなければ協力しません。
それだけは譲れなかった。
自分の中のカカシの記憶は大切に持っていたかった。
人の記憶を完全に消すのは困難だ。
それ故に記憶操作する場合は記憶の喪失や消失よりもが忘失が選ばれる。
どんなに記憶を消そうとしても心の何処かに必ず断片や欠片残る。
だからとカカシがいつだった笑って言ったことがある。
「何としても俺はイルカ先生を忘れることはありません」
忘れても思い出しますから。
時間は掛かるかもしれませんけどね。
俺のことで貴方が誰かに傷つけられたくはない。
「だから」とイルカの手を握ってカカシは約束してくれた。
「俺を待っていてください」
イルカ先生を思い出してイルカ先生に会いに行きますから。
イルカ先生を迎えに行きますから。
イルカ先生のいる場所に辿り着きますから。
イルカ先生のところに戻りますから。
あのときのカカシの言葉は今この時を予兆していたのかもしれない。
自分たちの意思を無視して自分たちの間に介入する誰かがいることを。
最後にカカシは言っていた。
「辛いでしょうけれど」
ごめんねと自分の方が余程辛そうな顔をして。
だからイルカは黙って待つことを選択した。
今は木の葉の里からずっと離れた任務地にいる。
この地に来て何年か過ぎた。
今後木の葉の里には帰ることはない。
関わりのあった人たちのことが気がかりではあるけれども里にいる限り里が何とかしてくれるはずだ。
もう自分のことは忘れている可能性もある。
カカシの中の『うみのイルカ』の記憶を忘れさせようとするならば周辺の『うみのイルカ』の痕跡も必然的になくなるだろう。
今の木の葉の里には『うみのイルカ』はないのだと思った。
寂しく思ったが致し方ない。
木の葉から遠く離れた任務地へも時折カカシの噂は流れてきた。
主に戦闘での実績や活躍についてだ。
恋人に現を抜かすことがなくなって忍者として集中して評価を上げている。
単純にすごいと感じた。
カカシさんはすごい忍者なんだと。
ある日のことだった。
木の葉の里への期間途中の忍者が休憩の立ち寄った。
休憩の合い間した話の中でその忍者は噂話の一つとして言った。
「はたけカカシがお見合いをして妻を娶るらしい」
イルカに真偽を確かめる術はない。
お見合いを本当にしたのか、カカシが妻を娶ったのかも解らない。
解らないまま月日だけが過ぎていく。
───カカシさんは幸せになったのだろうか。
自分を忘れて自分がいなくても。
それでもいいかと思ってみたが自分は偽れない。
見張りをしていた木の上でイルカが無意識に掴んだ細い木の枝が小さく音を立てて折れた。
「カカシのバーカ」
小さく言ってみる。
会いたいのに。
「馬鹿はどっちですか」
振り返ると会いたいと思っていた人がいた。
「随分と待たせちゃいましたね」
イルカの隣へ来ると「ごめんね」と抱き締めてくれた。
カカシはイルカの待つ場所に戻ってきた。
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