いつでもどこでも
「イルカ先生、こんなところにいたんですか」
夕方を過ぎて、夜に近い頃。
多忙を極める火影の部屋へ来訪者があった。
火影の仕事を手伝ってイルカの元へカカシが訪れたのだ。
「あちこち、探したんですよ〜」
「あ、カカシさん!」
カカシの姿を見るとイルカが、ぱっと笑顔になった。
「わざわざ探してくれてたんですか」
「探すってほどじゃないですけど・・・」
笑顔のイルカから、カカシは僅かに視線を逸らす。
眩しげに目を細めて。
「一緒に帰るって約束してたのにいなかったら、もしかして何かあったかと思うでしょ」
ぶっきら棒だがイルカのことを心配していたような口ぶりだ。
「朝は早出して、アカデミーだの受付所だので仕事して。忙しくて、昼は食いっぱぐれたのに、夜は火影さまの仕事まで手伝って」
そこでカカシの顔が顰められる。
一日のイルカの行動に妙に詳しい。
「どんだけ仕事しているんですか、お腹空いているでしょ」
「はあ、まあ。あはははは〜」
笑って誤魔化そうとしたイルカの額をカカシは、つんと指で突付く。
「どんなに忙しくて、ちゃんと食事は摂るって約束したでしょ」
「・・・すみません」
「いじらしい顔して謝っても半分しか許しません。残りはペナルティですからね」
「うう・・・」
イルカが持っていた書類で顔を半分隠して、目だけを出す。
「ペナルティって何ですか?」
イルカが恐る恐る尋ねると、カカシが「う・・・」と言葉に詰まった。
「そんな顔して、そんな目で俺を見ても駄目ったら駄目です。・・・ペナルティについては後で考えます、痛いことはしません」
一応、説明しておくと火影の部屋には、部屋の所有者である五代目火影の綱手とその付き人であり秘書でもシズネもいた。
綱手とシズネの二人は、カカシとイルカの関係を明白には知らないが雰囲気で何となく察してはいた。
「あのなあ、お前たち。特にカカシ」
溜め息混じりの綱手が嫌そうにしている。
「この部屋にはギャラリーが二人もいるから忘れるな。二人の世界を造るなら、部屋の外でやってくれ」
「ああ、目の毒でしたね」
綱手の嫌味にカカシは、さらっと応える。
「長年独身の方には」
その瞬間、ぴきっと綱手の米神が音を立てた。
ぴきっ、ぴきぴきぴきっと。
「カーカーシーイイイ」
声が怖い。
「あー、はいはい。すみません」
謝ってはいるが、ちっとも悪いと思ってないのが声の調子で丸分かりだ。
「そんなことより、イルカ先生帰りましょ」
やっぱり悪いと思っていなかった。
「明日は休みなんだから、早く帰りましょうよ」
「明日は休みなので、もう少し仕事してから帰ります」
カカシがイルカが同時に発言する。
考え方が百八十度ほど違う。
明日は休みだから早く帰るカカシと、明日は休みだから遅くまで仕事をするイルカ。
「あのねえ」
今度はカカシの米神が音を立てた。
「今朝だって、朝食もそこそこに明日は休むから余計に仕事をしないとって、さっさと仕事に行っちゃうし。せっかく、朝ご飯はイルカ先生の好きなメニューを俺が作ったのに」
「それは・・・。ごめんなさい」
「まあ、いいですけど。食べれなかった分はラップして冷蔵庫に入れてありますから」
「朝ご飯を食べないと一日の力は出ないって、常日頃、カカシさんが言っているのに」
「言っているのはイルカ先生でしょ」
イルカは心なしか、しゅんとしている。
そんなイルカを見るカカシの目が優しいのは気のせいでない。
「あ、あのう」
そんな二人の会話へ無謀にもシズネが参戦した。
「お二人は明日は揃って、お休みなんですか?」
「こら!よせ、シズネ。馬に蹴られて月まで飛ばされるから!」
帰ってこれなくなるぞ、と綱手が小声ながらも全力でシズネを制したのだが、既に遅かった。
「ええ、明日はお休みなんです」
イルカが、にこにこと返事をする。
「そんなこと、どうだっていいでしょ」
対して、カカシは不機嫌そうだ。
しかし、シズネはめげない。
死線を潜り抜けてきたくの一は、しぶとかった。
「揃って、お休みなんて珍しいですね」
止せばいいのに追求している。
「何かあるんですか?」
二人が休日を、どう過ごすのかという純粋な好奇心からだった。
「何かって程でもないんですけど」
顔を赤らめたイルカが説明する。
「実は明日は俺の誕生日で」
「えっ、イルカさんの誕生日なんですか!」
「はい」
はにかむイルカは大変可愛らしく、シズネの目には映った。
むっとしたカカシが二人の間に割り込んだ。
カカシの体でイルカは隠れてしまう。
「もう、いいでしょ」
不機嫌さが増している。
何も言わずして、イルカは自分のものだと主張していた。
カカシの迫力に押されたシズネは、一歩退いた。
「イルカさんの誕生日だから休むんですね?」
「そういうこと」
カカシの答えは簡潔だ。
「そうなんです」
ひょいっとカカシの肩口からイルカが顔を出してきた。
「お互いの誕生日は二人とも休んで、ゆっくりしようって決めているんです」
一年に二回だけは二人で一緒に休日を過ごしましょうって。
「そうだったんですか」
最後に照れくさそうに笑ったイルカは幸せそうに見えた。
「別に何をするって訳でもないんですけど」
ただ家で一緒にご飯を食べたり、顔を見て話をしたりするだけで。
そういうことが一番大事だと思っているんです。
多分、イルカは本当にそう思っているのだろう。
顔に一点の曇りもない。
「もう、いいですよね」
焦れたのか、カカシはイルカの持っていた書類をシズネに渡すとイルカの手を引いた。
「じゃ、失礼します」
「あ、カカシさん」
「今夜は誕生日のお祝いに飯を奢るって言ったでしょ」
美味いところなんですよ、とイルカはカカシに連れられて行ってしまった。
カカシとイルカがいなくなった部屋には、綱手とシズネが取り残されていた。
独身の女性が二人。
「はああ〜」
肩の力を抜いたシズネが大きく息を吐く。
「カカシさん、怖かったですねえ」
「イルカに関してはな」
「それは同感です」
「しかしなあ」
綱手がシズネに呆れたように言った。
「あの二人の会話に入っていくなんて、命が縮まるだけだぞ」
「全くです」とシズネは頷いたのだが。
「でもですねえ、ほのぼのでボケボケの二人が可愛いんです」
だから、ついちょっかいを出してしまう。
「それは否定しないが」
だけども綱手は釘を刺す。
「幾ら可愛いと言っても、あの二人は駄目だぞ。もう二人で完結しているからな」
恋人探すなら他を当たれ、と至極最もなアドバイスをしていた。
「それは分かっていますって」
シズネは苦笑する。
「さすがに私も、そこまで命知らずじゃありませんので」
「それも、そうだ」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「でも、ですねえ」
シズネが疑問を口にした。
「カカシさん、イルカさんの誕生日に何を贈るんでしょうか?」
ご飯だけじゃないですよね?と。
「さてね」
綱手は肩を竦める。
「とんでもないもの贈るんじゃないかねえ、カカシだから」
「なるほど〜」
「ま、私たちも生きている間に、いつの日か良人が出来れば解るさ」
ちょっとだけ悲しいことを言っていた。
次の日。
イルカの誕生日。
その日は晴れていた。
カカシとイルカは肩を並べて座り、澄んだ青い空を眺めている。
ゆっくりと時間が流れていた。
「イルカ先生、誕生日おめでと」
カカシの肩口に頭を乗せているイルカに、そっと呟く。
「イルカ先生が産まれてきてくれて、出会えて良かった」
俺にたくさん、たくさん幸せをありがとう。
これからも一緒にいてね。
いつでもどこでも一緒だよ。
とても大好き、すごく愛してる。
「カカシさん」
カカシの肩から頭を上げたイルカは、にっこりと笑った。
「俺もです」
俺もカカシさんが好きです、大事な人ですと。
「愛しています」
どちらともなく、愛の言葉を囁いて。
惹かれ合うように口付けを交わしたのだった。
text top
top