二人きり 第九話
目の前で閉じられたカカシの家の扉は開くことがなかった。
イルカは踵を返すと一人、自宅への道を歩き始める。
とぼとぼとぼ、と足取りは重い。
カカシに自分を拒絶されたような気がした。
いや、ようなではなく、あれは明確な拒絶だった。
じわじわと、くじけた気持ちに皹が入り、やがて大きくなっていく。
イルカの心に亀裂が入る。
カカシさんは俺のことが本当は好きじゃないのかもしれない。
一度、思い込んでしまうと、もう駄目だった。
自分はカカシが好きでもカカシは、そうじゃないのだ。
悲しい気分を通り越して、切なくなってくるイルカであった。
次の日、出勤してきたイルカを見た同僚は驚いていた。
「イルカ、どうしたんだ?顔色が悪いぞ」
アカデミーの隣の席の同僚は心配そうにイルカの顔を見る。
「目の下に隈が出来ているし」
何かあったのか、と訊いてきた。
「いや、ちょっと夜更かししちゃってさ」
イルカは笑って誤魔化した。
本当は自宅に帰ったものの、碌に寝ることができず朝までベッドの中で、うつらうつらしていたのだ。
朝、どうにか起きて遅刻しなかったのが幸いだった。
うつらうつらして見る夢の中にカカシが何度も出てきては消え、出てきては消えて。
眠れなかった、気がつくとカカシのことばかり考えてしまっていたから。
「大丈夫か?」
「うん、平気だよ」
心配する同僚にイルカは笑ってみせた。
「俺は元気だから」
そう、すぐに元気になるから大丈夫
イルカは自分に言い聞かせた。
カカシと付き合う前の状態に戻るだけだから。
昨日、一晩、じっくりと考えたイルカは、そんな結論に達した。
つまり、付き合っている関係を解消する。
元の二人の戻るのだ。
今だって付き合っているとはいえないけどな。
イルカは一人、自嘲した。
なんだか後ろ向きな考えばかりで自分らしくない。
もっと自分は前向きだったはずだ。
なのに。
人を好きなると、こうも変わるものなのか。
そんなイルカの気配に何かを察したのか、隣の席の同僚がイルカの肩を、ぽんと叩く。
「今日は久しぶりに飲みにでもいかないか?」
「いいね」
今日は受付所に入る予定もないし、カカシに会うこともないだろう。
偶にはカカシ以外の人間と飲むのも悪くない。
ずっとカカシに誘われていたので、別行動は久方ぶりだ。
相手は気心の知れた同僚。
いい気分転換になるかもな、と軽い気持ちでイルカは了承した。
その日は一日、カカシと会うことはなかった。
夕方になってもカカシはイルカの元へは姿を現さなかった。
イルカも今の気持ちのまま、カカシに会いに行く気はなれない。
今日は飲んで何もかも忘れてしまおう。
悪酔いしても構うもんか、とイルカは少し自棄っぱちになりつつあった。
「かんぱーい」
同僚と飲みに来たイルカは、かちんとグラスをぶつけあった。
ごくごくとビールを飲み干していく。
「うまい!」
「だな〜」
酒を飲むとアルコールの力なのか、凝り固まった気持ちが解れてくる。
飲みには同僚を二人だけで来ていた。
別に他意はなく、偶々、そうなっただけである。
同僚と他愛もない話を積み重ねていく。
カカシのことを気にしない分、楽でもあった。
カカシさんと来ても、いつも離れて場所に座っているからな・・・。
こうやってカカシと二人で飲みに来ることは、今後ないかもしれない。
頭の片隅で、ぼんやりと思った。
カカシさん・・・。
どうしてもカカシのことが吹っ切れない。
イルカは、そんな気持ちを払拭するようにグラスの中身を飲み干していった。
飲みの中盤に差し掛かり、程よく酔って話も盛り上がってきた。
持ち上がってくると出てくるのは色恋の話だ。
恋の話は女性だけが好きという訳ではなかったようだ。
「イルカは好きな人いないのか?」
同僚の問いにイルカは、うっかりと口を滑らした。
「いるよ〜」
「へえ、どんな人?」
「すごい人かな、何でも出来ちゃう人」
「ふーん。好きなんだ?」
「好きだけど・・・。向こうは俺のこと好きじゃないみたいで」
「片思いなのか」
「・・・そうかも」
「哀しいな、それ」
「うん、まあ」
酒の席なのに、しんみりとしてしまった。
「あ、それより」
イルカは慌てて話題を変えた。
「彼女とはどうなんだ?上手くいっているのか」
「ああ、まあな」
最近、彼女ができた同僚は幸せそうな笑みを漏らす。
「彼女をいると満たされるんだ」
惚気られてしまった。
「いいなあ」
イルカの本音が出てしまう。
「俺も、そんな風になれたら・・・」
ふーっと息を吐いて、同僚を見るとグラスを持ったまま硬直していた。
イルカの背後を見つめて動かない。
「なんだ?どうした」
同僚の視線の先を辿っていくと、そこには。
「カカシさん!」
恐ろしい顔をしたカカシが両手をポケットに突っ込み、立っていた。
「イルカ先生、これはどういうことです」
恐ろしい顔をしたカカシから恐ろしい声が出た。
「俺を差し置いて、他の誰かと飲みに来ているなんて」
カカシの背後に赤い炎が、めらめらと燃えているような錯覚に陥る。
その赤い炎が意味するのは何なのか?
「俺は昨日のことを大反省して今日はイルカ先生と会うのを我慢していたのに」
反省?
イルカは首を傾げた。
カカシは何を反省したというのか、というより昨日のことって何だろう。
「なのに反省している俺の気持ちも露知らず他の誰かと、しかも寄りによって」
ここでカカシは言葉を強調する。
「二人きりで飲みに来ているなんて!」
酷すぎます、と訴えられた。
その時、イルカの中で何かが切れた。
ぷちっと。
今までの抑えていた糸が切れたのだ。
「俺は酷くありません!」
ついにカカシの言い返してしまった。
「カカシさんだって人のこと言えないじゃないですか!」
「俺が?」
心底、意味が解らないとカカシは眉を潜める。
「だって、カカシさん・・・」
尚も言い募ろうとするイルカの腕をカカシは掴んだ。
「場所を変えましょう、ここでは駄目です」
確かに店の中では人目がありすぎた。
イルカの腕を掴んだカカシは、そのままイルカを引っ張って有無を言わせず店の外に出て行く。
出て行く際にイルカを一緒に飲んでいた同僚に支払いを頼むのを忘れなかった。
「あ、ここ、立て替えておいてね」
後で払うから、今、それどころじゃないし、と。
カカシの連れ去られるイルカを同僚は、ぽかんと見ているだけしかできなかった。
「あの二人って・・・」
続く言葉はなかったのであった。
二人きり 第八話
二人きり 第十話
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