AIで普通の動画を3D動画に変換する


本命



バレンタイン当日。
カカシは控え室で待機しながら、黙々と読書に勤しんでいた。
その顔には余裕が窺える。
バレンタインとなると昨年までフリーだったカカシの下にはチョコを渡す女性が、結構な数で押し寄せていたのだが、今年はその片鱗の欠片もない。
朝から誰もカカシに近寄ろうとはしなかった。
そんなカカシを朝から観察していた紅は不思議そうにカカシに尋ねる。
「今年は誰からもチョコを貰わないのね?」
「そりゃあ、そうだよ」
カカシは全く興味ないとばかりに本のページを捲る。
「だって、俺には命より大事な愛しの可愛い恋人がいるもの」
「ああ、イルカ先生のことね」
「そうだ〜よ」
カカシが覆面の下で、にやっと笑ったような気がした。
「イルカ先生がいるのにチョコなんて貰えないでしょ。だから今年は何があっても誰からも貰わない宣言しておいた」
「賢明ね」
「でしょ?」
「まあ、それに日頃からカカシのイルカ先生への、あの粘着質的な執着さと執念深さと絶対的な執心さと絶大な独占欲と無尽の嫉妬心を身近で見せ付けられれば、誰もカカシにチョコを渡そうなんて思わないわねえ」
「いいじゃない、意思表示がはっきりしていて迷いがないでしょ」
「・・・イルカ先生も大変ね」
「ちょっとだけね、でもフォローは欠かしてないよ」
「すごいわ」
ありとあらゆる意味で紅は、そう表現した。
カカシのイルカへの愛情は尋常ではない。
怖いくらいだ。
自分の全てをイルカに注ぎ込んでいる。
イルカ以外は眼中にない。
「本当にすごいわ」
改めて言ってから紅は、あることに気がついた。
「あ、でも」
カカシの恋人イルカのことだ。
「イルカ先生はどうなの?」
「どうって?」
イルカの名前が出て初めて、カカシは紅を見た。
「どうって何が?」
「イルカ先生がチョコを貰うかどうかってことよ」
「イルカ先生がチョコ?」
カカシの頭の中にはイルカが女性からチョコを貰うということが、すっぽ抜けていたらしい。
「そんなこと考えていなかった・・・」
失礼なことを言っている。
「イルカ先生って想いを寄せらえても気がつかなかったりするから」
紅は去年のことを思い出しながら言った。
「チョコを渡されても義理ならともかく、自分が本命のチョコなんて貰えるなんて微塵も思ってなくて、チョコを渡そうとしていた女性が悉く玉砕していたわ」
あの手この手でチョコを一生懸命渡そうとしていたわ〜と紅が、のんびり言うのに対してカカシの目の光が鋭くなる。
瞳の中に燃え上がる炎は嫉妬の炎だ。
「今年は、どんな手でイルカ先生にチョコを渡そうとするのかしらねえ」
ちらりとカカシを見た紅は、とても興味深げにしていた。



無言で読んでいた本を閉じたカカシは、すっと立ち上がった。
「どこ行くの?」と紅の問いには、一言「コーヒー買いに」と答えて控え室を出て行ってしまった。
だが紅にはカカシの行く先に見当はついている。
この時間はイルカが受付にいる時間帯だ。
ものすごく心配になったカカシはイルカの様子を見に行ったに間違いない。
だけども、以前に用もないのにイルカが受付所にいる朝から晩まで居座ってイルカに怒られたことがあるので物陰から気配を消して、そっとじっとずっとイルカを見るに違いない。
「カカシも、よくやるわよねえ」
そんな情熱を持ち続けるカカシが少しだけ羨ましくなった。



紅の予想通り、カカシは物陰から気配を消して、イルカをそっとじっとずっと見ていた。
受付所で仕事をしているイルカは真面目で穏やかで落ち着いていて、笑顔を絶やさず、見ていて飽きない。
どんな相手にも誠実に丁寧に接している。
暫く、一時間くらい見ていたのだが、イルカに特に変わった様子はなかった。
誰もイルカにチョコを渡してはいない。
なーんだ。
カカシは、ほっと胸を撫で下ろした。
イルカを狙っているのは自分だけだと安心した。
・・・のだったが。
一人のくノ一がイルカに歩み寄ったのだ。
手には綺麗に包まれた何かを持っている。
チョコだ。
今日がバレンタインだと考えるとチョコだということは容易に推測できる。
「あの、これ」
くノ一は報告書を出した後に頬を染めながら、イルカに包みを差し出した。
ぎりっとカカシの歯軋りの音が鳴った。
この場で飛び出して、イルカにチョコを渡されるのを邪魔したい。
阻止したいと思ったのだが。
くノ一はカカシが思っていることと違うことを言った。
「このチョコ、はたけ上忍に渡してくださいませんか?」
イルカに、そう言ったのだ。
「イルカ先生は、はたけ上忍と仲がいいんですよね」
「え、ええ」
イルカの笑顔が心なしか、引きつっている。
「だったら、お願いしますね!」
くノ一の輝くような笑顔がイルカに拒否することを拒否させていた。
押し切られている。
拒否しようにもできないイルカにカカシの胸が痛んだ。
きっと断るとカカシの立場が悪くなるとイルカのことだから思っている。
それがカカシには分かる。
いつもいつもカカシがイルカのことを想っているように、イルカも表現の仕方は違うがカカシのことを想っているから。
あれだけ、毎日のようにイルカにじゃれ付いて恋人アピールしていたのに、それが周囲に伝わっていなかったことにも愕然となる。
唸ったカカシは厳しい顔をして、その場を退散することにした。
イルカが貰ったカカシ宛てのチョコについては後で考えることにして。
どうやったら、カカシとイルカが熱烈な愛を語る恋人同士だと、誰にも一部も割り込む隙もないのだと分からせるためにはどうやったらいいか。
考える必要がある、とカカシは控え室に舞い戻った。



「あら、カカシ、思ったより早かったわね」
難しい顔をして戻ってきたカカシに紅は声を掛けたのだが、腕組みをしたカカシは座ったまま考え込んでいる。
また、碌でもないこと考えているじゃないかしら。
紅の予想は、あながち間違っていなかった。
少ししてからカカシが顔を上げた。
「あのさ」
「何?」
「考えたんだけど」
「何を?」
「どうやったら俺とイルカ先生が永遠の愛を誓った恋人同士だと皆に知らしめることができるかと」
「・・・もう、十分に知っていると思うけど」
「毎日毎日毎日あんだけ、あんなにイルカ先生にベタベタ纏わりついて、邪魔になるくらいくっ付いて、朝夕一緒に通勤して、暇があれば昼も一緒にご飯を食べて、イルカ先生が居るところにカカシ有りとまで言われているのに」
「・・・ほんっとーに十分だと思うけど」
「どーして俺がイルカ先生純粋一筋、純情一途だと解らないのかなあ」
「・・・解っているから心配しないで」
紅が言うことはカカシの耳には入らないらしい。
だから紅は言うことを変えた。
「イルカ先生がどうかしたの?」
カカシの耳が、ぴくっと動く。
「イルカ先生、チョコ貰っていたの?」
「実はさー」
紅に尋ねられたカカシは受付所で見た一部始終を語った。



「へええ」
聞いた紅の目が輝いた。
「なるほどねえ」
らんらんと輝いている。
「そういう訳だったの〜」
落ち込むカカシとは対照的に楽しげだ。
「俺が原因でイルカ先生がチョコを貰っている訳だから、どうしようにもなくてさ〜」
イルカ先生に悪くて。
でも、あそこで俺が出て行ったらイルカ先生の目の前でチョコを受け取ること羽目になるだろうし。
困ったなあというカカシに紅は自信を持って言った。
「大丈夫!」
根拠があるのかないのか、そんなことを言う。
「多分、カカシの心配は杞憂で終わるわ」
「杞憂?」
「そう。でも、別の心配が出てくると思うけどね」
紅は何やら心当たりがありそうだ。
「どんな事態になってもイルカ先生のことを怒ったりしては駄目よ」
念のためか、釘を刺された。
「俺はイルカ先生に怒ったりしないよ。付き合って今まで喧嘩もしたことないし、怒られたことはあっても怒ったことはない」
「・・・ああ、そうなの」
「イルカ先生って怒っても可愛いから困っちゃうんだよねえ、怒っている顔も可愛すぎて目のやり場に困って困って」
「・・・・・・ああ、そう」
「もちろん、笑っている顔も喜んでいる顔も嬉しそうにしている顔も、どんな顔も大好き。あ、顔だけじゃないからイルカ先生の良いところはね。短所も長所も全部、、ひっくるめて愛しちゃっているから〜」
「・・・・・・・・・はいはい」
それから紅は、イルカの仕事が終わりカカシがイルカを迎えに行くまでの時間いっぱい、延々とカカシからイルカの話を聞く羽目になったのだった。



イルカの仕事が終わって、よっぽどのことがない限りカカシとイルカは一緒に帰る。
帰る先は二人の家の、どちらかだ。
もっぱらカカシがイルカの家に行く方が多いが、週末などの休みはカカシの家に行くことが多い。
カカシの家は訪れる人がいないので誰にも邪魔されずに、二人でゆっくりと過ごせるからだ。
今日は平日だったのでカカシとイルカはイルカの家に向かって歩いている。
いつか、二人で一緒に暮らしたいとカカシは思っている。
歩きながらイルカは楽しそうに今日のことを振り返った。
「今日ってバレンタインでしたね」
「・・・ええ、そうですね」
余り話題にしたくない話題だった。
できたら別の話題がいい。
だけども、そんなカカシに気がつかないのかイルカは話を続ける。
「チョコが、あちこちで飛び交っていましたねえ」
「そう?」
「そうですよ〜」
答えてイルカは両手に持っていたうちの一つの大きな紙袋をカカシに差し出した。
大きな紙袋に袋山盛りにラッピングされたチョコが入っている。
「これ、カカシさん宛てのチョコですよ、受付所で渡されました」
「・・・どうも」
カカシは素直に仕方なく受け取る。
イルカが帰るときに両手に持った大きな紙袋を持っていたので気になっていたのだ。
袋の中からは甘い匂いがしてきていた。
チョコの匂いだ。
「カカシさん、もてますね!」
イルカが笑顔で言うのが恨めしい。
「・・・そうでもないですけどね〜」
カカシはイルカにだけ、もてれば、それでいいのに。



「実は、俺もチョコを貰ったんですよ!」
嬉しそうにイルカは、もう一つの紙袋をカカシに披露した。
「皆さん、カカシさんにチョコを渡してほしいって頼んでから、ただで頼んでは悪いからと俺にもチョコを下さったんです!」
「えっ!」
「カカシさんに便乗して俺も貰っちゃいました!」
カカシがイルカの持っている紙袋を覘くと、やっぱり山盛りのチョコが入っている。
しかし、カカシのものと少し違っていた。
カカシのものは明らかに買ったと分かるチョコなのに、イルカのは手作り感溢れるチョコが満載だ。
ラッピングも凝っていて、花やメッセージカードが添えてある。
メッセージカードにハートマークが見えた。
「こんなに貰ったの初めてです!」
イルカは喜んでいる。
「義理でも貰うと嬉しいですね!」
「いや、それ絶対に違うと思いますけど・・・」
義理チョコじゃなくて本命チョコですよ、と言おうとして止める。
そんなことイルカに教えることはない。
中には義理もあるのかもしれないが、ほとんど本命チョコだろう。
イルカはカカシが好きになるくらいの人なのだから、他にもイルカのことが好きな人間がいても不思議じゃない。
・・・これか、紅が言っていたことは。
別の心配。
すなわち、ライバルの出現。
恋敵とも言う。
カカシにチョコを渡してもらう振りをしてイルカにチョコを渡す。
紅は、今年はどんな手で、とも言っていた。
これって俺に宣戦布告?
チョコを渡した者たちはカカシとイルカの関係を知っている。
知っているのに渡したのだ。
絶対に負けない!
チョコを貰って無邪気に喜ぶイルカを横目にカカシは誓う。
イルカ先生は誰にも渡さない。
生涯、自分の傍にいてほしい人だと。



「あ、そうだ」
イルカが思い出したようにポケットから何かを取り出した。
「はい、カカシさん」
「え?」
小さな一口チョコだった。
「これ、どうぞ」
「これって」
「だって、今日はバレンタインだから」
イルカは真っ赤になっていた。
「カカシさんにチョコを渡そうと思って」
小さいけど、と小さい声が聞こえた。
「あ、で、でもですね!」
真っ赤になったイルカは弁解する。
「チョコは小さいですけど、愛は大きいですから!」
「ありがと」
イルカの手の平の上の小さなチョコをカカシは受け取った。
小さいけれど大きな愛が詰まったイルカのチョコだ。
「嬉しい、イルカ先生」
幸せそうに微笑んだカカシの顔から、照れたイルカは視線を逸らす。
「小さいですけどね」
「愛は大きいんでしょ」
笑ったカカシはイルカの肩を抱いて引き寄せた。
「あっ、カカシさん、こんなところで」
外での愛情行為にイルカは恥ずかしがる。
愛情行為といっても一線は越えない外での愛情行為。
家で二人きりの時は違う。
「まあまあ、いいじゃない」
イルカ先生、大好き。
耳元で囁くと俯いたイルカから「俺もです」と聞こえてきた。



そして来月三月十四日。
カカシはイルカに盛大に派手に豪華にバレンタインのお返しをしたのだった。



text top
top