破滅的
紅が言った。
「破滅的よね」
カカシを見据えて。
「あなたたちの恋愛って」
きっと、と言葉を付け足して。
「え・・・って何が?」
上忍の控え室にて待機中のカカシは読んでいた本から顔を上げた。
正面には紅がいる。
同じ上忍の女の忍だ。
カカシよりも上忍歴は浅い。
「破滅的って何がよ?」
声に戸惑いが含まれている。
「別に破滅的じゃないと思うけど」
不満も含んでいた。
あなたたちの恋愛、と言った紅の言葉どおりカカシは恋愛中だ。
恋愛というか、恋人がいる。
とても大切にしている、この世でただ一人の。
その一人を守るためなら何をしても心の奥底では思っているのは秘密だ。
ただし、その一人は世の中の常識といわれる恋愛の枠の中に収まらない相手。
同性の男だ。
カカシは誰に何を言われようと構わないし気にもしないのだが、大切な恋人はひどく気にして顔を曇らせるので一部にしか公表していない。
その一部の中に紅も入っていた。
「そうね」
気のない様子で返事をした紅は優雅に組んだ膝の上に肘を乗せ、その先の掌の上に顎を乗せてカカシを見ていたが、ふいと視線を逸らした。
「でも、その先に何があるの」
「・・・何が言いたいわけ?」
カカシの口調に何となく不穏な響きが混じる。
「何か文句でもあるわけ?」
恋人との恋愛は順調だ。
誰かに何かを言われる謂れもない。
「そうじゃないけど」
珍しく紅は口篭った。
紅は日頃から、はっきりと物を言う女性だ。
なのに、今日に限って迷っている風に見える。
「言いたいことがあるなら言ったら?」
こんな風に言われるのはカカシの本意ではない。
文句があるなら受けて立つ。
柳眉を寄せた紅は視線をカカシに戻した。
「あなたたちが余りにも幸せそうにしているから、この先どうなるかと思っただけよ」と紅は肩を竦めた。
「付き合っているのを反対しているとか別れろとか言っているんじゃないの。ただ・・・」
ただ・・・。
「その幸せって、ずっと続くのかしらと思っただけなのよ」
とどのつまり。
紅は心配していたのだ。
心配という言葉は使わなかったけど。
「あなたたちは幸せそうにしているのに。とっても幸せそうにしているのに、それがいつまで続くのかとか考えちゃったのよ。だって男同士でしょ」
まあ、私は外野で第三者の立場だけど。
「いつか壊れるときが来るのなら、それは破滅に繋がるんじゃないかと思っただけなの」
出来ることなら、その幸せが続けばいいのにと思っているから。
紅は、そんなことを言う。
「そんなこと」
事も無げにカカシは言った。
その顔には笑みが浮かんでいる。
紅の素直でない優しさに気がついたからだ。
カカシのこともカカシの恋人のことも心配してくれている。
普段は気が強く、時には手も出る、この女性の気遣いが嬉しかった。
「平気だよ」
にこ、と目を細めると紅が胡散臭そうに見返してくる。
本当に?とその目は語っている。
「俺の愛は普遍だから」
「それが信用ならないのよ」
「あ、ひどーい」
紅はカカシの恋人を殊のほか、気に入っていたのを思い出した。
年下だから弟のように思っているのかもしれない。
恋人も何だかんだで紅に懐いている節がある。
「ま」
一応、カカシは感謝した。
「ありがとね」
そのときだ、カカシの待ち人が来た。
控え室の扉が乾いた音を立てて開いた。
「カカシさん」
ひょこと顔を出したのはカカシの恋人で結った黒髪と顔の横切る傷痕が特徴的だ。
仕事が終わったのでカカシを迎えに来たのだ。
「お待たせしました」
すみません、と頭を下げる。
紅がいるのにも気がついて頭を下げる、笑顔つきで。
酒が好きな紅は、今度飲みに行かない?と恋人を誘っている。
いいですね、いつにしましょうかと恋人が紅の誘いに頷いていた。
二人で予定を決めている。
カカシも、もれなく付いていくけれど。
「じゃ、帰りましょうか。イルカ先生」
恋人の名を呼びカカシは、ひらりと紅に手を振った。
心配してくれてありがとう、俺たちは大丈夫と。
「へえ、紅先生が」
さきほど控え室で紅に言われたことを話すと恋人のイルカは差ほど驚かなかった。
「そういう考え方もあるんですね、女性らしい」
なるほどと顎に手を当てている。
「俺たちが破滅的だなんて」
怒ることなく、イルカは面白そうに口元を緩めた。
「確かに紅先生が言うことは解る気がしますね」
「イルカ先生!」
意外な恋人の言葉にカカシは焦る。
この恋愛を否定する気なのだろうか。
「ああ、一般的に鑑みてということですよ」
カカシの過剰な反応にイルカは手を横に振った。
「決してカカシさんとのお付き合いが嫌というんじゃなくて」
お付き合いという言葉にイルカは少し頬を赤らめた。
付き合って長いが未だにイルカは、この手の言葉に照れてしまう。
そこがカカシにとっては好ましかったりするのだが。
恋人の可愛い様子にカカシの眉は下がる。
「だけど、俺は」
ふとイルカの目が優しくなる。
「破滅的ではないと思います。紅先生には悪いですけど」
「そう?」
どうしてと理由を問いたくなった。
恋人の考えが聞きたい。
「おそらく紅先生は男女の恋愛の延長上にあるものを指し、それと比較して俺たちのことを破滅的だと言ったんじゃないかと思いますが」
男女の恋愛の延長上。
それは同性同士の恋愛では得られないものだ。
「結局、人は好きな人しか要らないし、好きな人としか居られない」
俺にとっては、その人がカカシさんだったってだけです。
きっぱりとイルカは言い切った。
「俺にとっては好きではない人と恋愛する方が破滅的ですよ」
「うん、そうだね」
並んで歩いていたイルカの指先に、ふと触れたカカシの手がそれを包み込む。
「俺は破滅的でも破滅的でなくても、そんなことどうでもいいです」
一番大事なことは解っている、解りきっている。
「イルカ先生がいればいいんです」
それだけだ。
恋人が世界一大事で、その人が居れば満足だ。
破滅的だろうが何だろうが世界は二人のためにある。
究極の表現をすれば、世界にカカシとイルカの二人だけがいればいい。
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