逆VD
里に帰ってきて一年ほど経ち周囲の環境にも慣れた頃。
その出来事は三月の十四日に起きた。
イルカ先生に呼び出されたのだ。
呼び出されたっていうか食堂で昼食を一緒に食べませんかと誘われて、食後、二人きりになった時に言われたんだけどね。
イルカ先生って言うのは俺が担当している下忍の子供たちのアカデミーの元の担任の先生で男性。
大らかで優しくて几帳面で真面目で明るい性格だ。
つまり、とても良い人。
その良い人に俺は、とても惹かれていた。
惹かれていたといっても、もう結構な年月、イルカ先生に片思いしていたと言ってもいい。
イルカ先生とは里に帰ってくる前に一度、出会っている。
俺の部隊に彼がいたから。
部隊長の俺の下で任務をしていたイルカ先生を助けたことがあった。
そのとき、怪我をさせてしまったことを今でも後悔している。
もっと早く俺が駆けつけていたらなあ、と。
でも、まあ。
その時のことを思い出して俺は、ちょっと頬を緩めた。
イルカ先生、今もだけど、あの頃は若々しくて凛々しくて可愛らしかった。
簡単に言うと惚れてしまったという訳だ、戦闘中にも関わらず。
戦闘中だったけれども、どこの可愛い子ちゃんかと思ってしまったくらいだ。
可愛い子ちゃん・・・。
大概、俺のセンスも古い。
「あの、カカシ先生」
思い出に耽っていた俺をイルカ先生が不思議そうに見る。
「どうかしましたか?」
「え、あの、いや。ええと」と俺は慌てて体裁を取り繕った。
「お話があるってことでしたよね。何でしょう?」
顔を引き締めイルカ先生を見ると、ちょっと俯き、それから何かを差し出してきた。
それは小さな包み。
「これ、よかったら貰ってください」
何やら恥かしげにしている。
「はい、どうもありがとうございます」
何の疑問も抱かずに俺は受け取った。
イルカ先生がくれるものなら何でも欲しい。
包みからは仄かに甘い匂いがする。
「えっと、じゃあ」
イルカ先生が輝くような笑顔を見せた。
「返事は来年の二月十四日にいただけますか?」
「・・・・・・は?」
突然、何を言い出すんだイルカ先生。
「実は一年間、迷っていたんですけど」
イルカ先生が照れたような顔になる。
そして話題が唐突に移った。
「何年か前にカカシ先生の部隊に俺はいたんですけど覚えていらっしゃいますか、そしてその時に助けていただいたことも」
「あ、はい」
ついさっき、それを思い出していた。
「その助けてもらった時のはたけ上忍、すっごく格好良くて」
イルカ先生は何かを思い出しているのか瞳をきらめかせる。
俺の呼び名も部隊にいた時の呼び名に戻っていた。
「あの時、俺、はたけ上忍の戦う姿に見惚れちゃって憧れて、それからはたけ上忍のことが忘れられなくなってしまったんです」
考えた結果、これは恋なんじゃないかと思って、とイルカ先生は続ける。
そして言った。
「はたけ上忍と再会して恋だと自覚して告白するまで一年迷っていたんです」
つまり・・・。
「つまりイルカ先生は」
俺のことが・・・
もしかして、と期待で胸が膨らむ。
「ええ、はたけ上忍のことが好きなんです。カカシ先生とお呼びしている今もお慕いしています」
なんて七夕、じゃなくて棚ぼた。
いや棚から牡丹餅、幸運が舞い込んできた!
イルカ先生も俺ことを好きだなんて嬉しすぎる。
夢でも見てるんじゃなかろうか・・・。
俺は思わず手の甲を抓ってみた。
痛くない。
当たり前だ、手袋の金属のプレート部分を抓っていたんだから。
要するに俺は、それほど動揺してってか舞い上がっていた。
「男性が男性が好きって変ですよね」
イルカ先生の笑顔が、ふっと翳る。
「俺も散々、悩んで悩んで。結果、告白しようと思ったんですけど」
黒い瞳が俺を見た。
俺は射すくめられたように動けない。
「カカシ先生も返事するまで時間が必要ですよね。だから来年二月十四日に返事をください」
イルカ先生が、くるっと踵を返す。
たーっと走って振り返り叫んできた。
「断ってくれても、ぜんっぜんいいですからー」
そうして今度はだーっと本気の走りで、あっという間に姿を消してしまった。
俺が言葉を挟む暇もない。
呼び止めようとした俺の手が空しく空を掴む。
「イルカ先生〜」
俺は悲しくイルカ先生の名を呼んだ。
「返事なんて決まっていますって〜」
無論、それは・・・。
「俺だってイルカ先生のことが好きなんですよ〜」
俺の場合は恋心の他に下心も出来心も満載だ。
俺の手の中にはイルカ先生に渡された包みが残されている。
そこから漂ってくる甘い匂いは多分チョコ。
三月十四日のホワイトデーにチョコなんて。
二月十四日のバレンタインに返事なんて。
逆だろ、普通。
俺は来年まで待たなくちゃいけないのか・・・。
いや待てない。
イルカ先生に貰ったチョコを大事に懐に仕舞うと俺は。
どこかに行ってしまったイルカ先生を全力で探し始めたのであった。
どんな手を使っても必ず探し出して。
俺の想いを伝えてやる、という強い気持ちで。
あわよくば、その先もと、ちょっと欲張った気持ちで。
今年の三月十四日は俺にとって嬉しい記念日になりそうな予感がした。
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