ちょっとの我慢
夕方。
上忍の控え室でイルカ先生の仕事が終わるのを待つ。
これが最近の俺の日常になっている。
受付け所やアカデミーに行きイルカ先生を見ながら待ちたいのだけど、それだと彼が恥ずかしがるから。
ここでイルカ先生が迎えに来てくれるのを待っているのだ。
愛しい人の気配がすると俺は自然に顔が綻んでしまう。
早く会いたい。
ノックの音がして一瞬の躊躇いの後、控え室の扉が静かに開けられた。
「カカシ先生。」
呼びかけられると、同時に俺はイルカ先生の前に立っていた。
「イルカ先生。お仕事、お疲れ様でした。」
ニッコリして労を労う。
さて、今日は前から連れて行きたいと思っていたお店で食事しようかな。
俺が頭の中でウキウキと計画を練っていると、イルカ先生から小さな声がした。
「あの、今日なんですけど。」
「はい?」
「古い知り合いが里に帰ってきているので、久々に飲みに行ってきたいんですが・・・。」
伺うように、こちらを見る。
「え?」
「すみません。」
本当に、すまなさそうに頭を下げるイルカ先生。
イルカ先生が俺以外の他の人間と、二人きりでお酒を飲む。
ちょっと、ハラワタ煮えくり返るが。
「どなたとですか?」
努めて冷静に聞いた。 「その・・・幼馴染なんですけど。」
イルカ先生が意識しながら目を逸らすのを見て、俺はピンときた。
女だな!
米神がピクピクするが堪える。
「そうですか、久しぶりに会うのなら仕方ないですね。」
理解のあるふりをして、更に聞く。
「迎えに行きますよ。どこのお店ですか?」
まんまとイルカ先生が飲みに行く店を聞き出した俺は、アスマを引き連れて同じ店に飲みに来た。
どこのどいつが、俺のイルカ先生とお酒なんて飲むんだ。
顔を見て確認しないと気がすまない。
もしかしてイルカ先生狙いかもしれないし。
悶々とお酒を飲みながら、人影からイルカ先生と幼馴染とやらを盗み見た。
「よお、カカシよお。お前、危ない人になってるぞ。」
アスマはうんざりしたように言ってくるが、無視。
俺は忙しいんだ。
イルカ先生と幼馴染とやらはカウンター席に並んで座っている。
幼馴染とやらは、やはり女だった。
少し気が強そうな、少し可愛いような女。
二人並んでいるのを後ろから見ると、誰が見てもカップルにしか見えない。
「くそ〜。」
悔しさの余り、俺は手酌で酒をガンガン飲んだ。
邪魔したいのはヤマヤマだが、それだとイルカ先生に嫌われる。
それは絶対にイヤ。
「カカシ、声出てるから。」
アスマが呆れている。
「チャクラを乱すとイルカにばれるぞ。」
そうだった、危ない危ない。
居るのが、ばれると本来の目的の盗み聞きが果たせない。
俺はとりあえず心を落ち着かせて、イルカ先生と幼馴染の会話に聞き入ることにした。
二人はしばらく里のことや天気の話などの、在り来たりの話に華を咲かせていた。
沈黙が落ち、ふっと空気が変わった。
「イルカ。」
店の騒音の中で女の声は、やけにはっきり聞こえた。
「私ね、遠くに長期任務に行くことにしたの。もう里には帰ってこないわ。」
「え・・・。」
「決めたの。もう、疲れちゃったし・・・。」
「そうか。」
女の視線がテーブルに落ち、続いてイルカ先生の視線もテーブルに落ちた。
「・・・もう駄目なのか?」
イルカ先生は女の事情を知っているらしい。
「うん、彼ね、好きな人ができたんだって。」
ここまで、聞けば俺にだって二人の話の内容が理解できた。
多分、女は付き合っている人がいて。
多分、久しぶりに里に帰ってきて恋人に会ったら。
多分、別れを切り出されて。
多分、理由が他に好きな人ができたから。
多分だらけだけど、多分間違いない。
カウンターにおいてある女の手に何かがポトリと落ちた。
涙だ。
隣のイルカ先生は咄嗟に女の手を握っていた。
「俺にできること、あるかな?」
優しいイルカ先生はじっと、女を見つめている。
女はそっと、握られた手を引いた。
イルカ先生を見てはっきり言う。
「ないわ。」
涙を指先で拭っている。
「大丈夫よ。ありがとう、イルカ。」
笑顔は綺麗だった。
「なんでえ、邪魔しないのか?」
アスマも俺と同じく、会話を聞いていたはずなのに意地悪く聞いてきた。
「しない〜よ。」
別に同情するわけではないが、なんとなく。
なんとなくさ。
「たまには、俺だって我慢するんだ〜よ。」
そう、あの女の綺麗な笑顔に免じて今だけイルカ先生といることを許してやるさ。
今だけ、ちょっとの我慢だ。
でも。
強いなあ、あの女。
もしも、俺がイルカ先生との別れがきたら・・・。
ブンブンと俺は不吉な考えを頭から追い出した。
そんなことは絶対にない。
俺は好きな人とはずっと一緒にいるんだって。
だから。
えーと。
酔い始めた頭では上手く考えがまとまらない。
だから。 とりあえず、飲むか!
「店員さーん、お銚子五十本!」
俺が注文する横でアスマがげんなりとした顔をしていたが。
でも最後まで付き合ってくれた、良いヤツだ!
text top
top