ひと時の出会い
イルカ少年が足を止めたのは偶然ではなかった。
予兆があったのかもしれない。
先ほど通った草むらに誰かが数時間前に通った痕跡があった。
草が不自然に折れ曲がっていた、まるで誰かが踏みつけたように。
それから慎重に歩を進め見つけたのだ。
倒れている人影を。
やはり慎重に近づいたイルカ少年は、それが敵ではないことは確認した。
同じ里の同胞だ。
暗部の面は被っているが。
どうして暗部がこんなところに?
疑問が浮かぶ。
暗部といったら正式名称、暗殺戦術特殊部隊・・・だったような気がする。
暗殺を主に担う部隊。
つまりは里の最強忍者の集団だ。
その一人が、こんなところで倒れている。
見たところ外傷は見当たらない。
内臓が損傷しているか毒でも盛られているのか・・・。
だとしたら里に救援を要請した方がいいのか。
考えあぐねていると倒れていた暗部が呻き声を上げた。
「・・・うー・・・」
「大丈夫ですか?」
思わず声を掛けると暗部の面の下から、くぐもった声が聞こえた。
「・・・あんた」
それはイルカ少年のことを指すのだろう。
「なんか食べ物持ってない?」
腹が減って動けない。
倒れている暗部はそう言った。
・・・・・・暗部って。
イルカ少年の視線は知らず冷たくなっている。
・・・・・・もっと格好いいものじゃないのか。
暗部に対しての理想の想像図ががらがらと崩れ落ちた瞬間だった。
「あー、助かったよ」
イルカ少年の携帯していた食料をぺろりと平らげ、暗部は満足そうな顔をしている。
「ご馳走さま」
本来なら素顔を見せないはずの暗部が惜しげもなく、暗部の面を外して素顔を晒していた。
面の下の顔は端正な作りで人目を引く。
「あ、水、あるならくれる?」
おまけに遠慮もない。
イルカ少年が黙って差し出した水を暗部は、ごくごくと飲み干した。
「はあ」と息を吐き出した暗部は人心地ついたようだ。
「いやいや、もう駄目かと思ったんだよねえ」
のんびりとした口調の暗部は銀灰色の頭を掻きながら照れくさそうに笑った。
笑い顔はどこか幼くて子供っぽい。
とても暗殺をしている暗部には見えない。
年の頃はイルカ少年と同じくらいか、少し上か。
中忍になって一年ちょっとのイルカ少年より、忍者として歴は上なのは間違いない。
言うなれば先輩、上司に当たるだろう。
だから食料を全部食われても文句が言えるはずがなかった。
これから任務に行くのであったとしても。
どうして、こんなところで腹を減らして倒れていたのだと訊くのも止めた。
どうせ答えてもらえない気がする。
暗部の任務は秘密裏に動くのが常なのだから人目につく場所で倒れていた、この暗部の男はレアケースなのだろうとイルカ少年は判断した。
「あんた、これからどうするの?」
自分の予定は言わずしてイルカ少年に尋ねてくる。
「これから任務に行きます」
イルカ少年は素直に答えた。
「あー、そうなの?」
「はい」
「じゃ、この食料・・・」
暗部が気まずそうな顔をした。
「食べたらまずかった、よね?」
キレイな顔した暗部は眉を顰める。
「ごめん」
「いいですよ。必要なら、どっかで調達しますから」
任務といってもイルカ少年の任務はランクが低く、おまけに急ぎではない。
急ぎではないから足と止めた訳で食料くらいなくても、どうとでもなる。
「そっか」
暗部は頷いて面を被った。
「俺はこれから里に帰るんだよね」
任務遂行からの帰還途中だったらしい。
「俺が最後の始末をしてから里に帰る途中だったんだけど、任務中、飲まず食わずだったの思い出して」
思い出したら、どうにも腹が減って動けなくなってさ。
からりと暗部は笑っているが、そんなときに敵に出くわしたらどうするのだろう。
「あー、そんなときはさ」
イルカ少年の表情を的確に読み取った暗部は肩を竦めた。
「なんでか戦う力が沸いてくるんだよねえ、不思議なことに」
多分、不思議でもなんでもない。
暗部だから戦えるのだ、暗部ゆえに。
「ま。今度会ったら、この恩は返すよ」
「別にいいです」
裏で行動している暗部とまた会えるとは思わない。
可能性は限りなく低い。
ましてや、これが恩だとはイルカ少年は思っていなかった。
「もう会うことはないでしょうから」
中忍のイルカ少年は目の前に立つ暗部と今後、会う機会はないと予測した。
だいたいにして接点がない。
再会前にお互いの命が尽きてないとも言い切れない。
危険度は暗部が上だが、戦いで生き延びる確立はイルカ少年の方が下だ。
二人とも明日の生を約束されていない里のためならば命を懸けて戦う忍である。
「言うねえ」
暗部は肩を竦めた。
「あんた、本当に中忍?」
遠慮がないよね、と怒った風でもなく暗部はイルカ少年を見ている。
面の下から覗く眼は面白そうに輝いていた。
「ねえ、名前教えてよ」
名前・・・。
少し躊躇いイルカ少年は名を告げた。
「うみのイルカ」
うみのイルカ、イルカね。
暗部は復唱し、面の下で口元に笑みを浮かべた。
「覚えた。俺は、はたけカカシ」
「・・・・は?」
「名前だよ、俺の。はたけカカシ」
それは分かった、だけど。
「暗部が迂闊に名前を教えていいんですか」
問題は、そこだ。
「いいよ」
暗部は・・・カカシはあっさりと言った。
「教えたいやつにしか教えてないし」
それに俺の名前を知っていないと次に会うとき呼んでもらえないでしょ。
「・・・次に会うとは限りませんが」
「頑固だねえ」
見かけによらず、とカカシは面の下で眼が光る。
「そういうのは嫌いじゃないよ」
また会おうね、イルカ。
一方的に告げると暗部は姿を消した。
里への帰還の途に着いたのだろう。
「・・・変な暗部」
短く感想を漏らしたイルカ少年は己の使命を思い出し、くるりと身を翻し走り出す。
自分の任務を思い出したのだった。
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