大好きな人
木の葉の里から、だいぶ離れた場所でカカシは倒れていた。
正確に言うと高ランク任務で写輪眼を用いてチャクラを使い果たし怪我もして、おまけに腹も減って動けなくなったのだ。
兵糧丸も薬も、こんな時に限って手持ちが底を尽きていた。
任務は終了し里に先に報告したからいいのだが、本当に動けなかった。
「ああ、俺、ここで死ぬのかも・・・。」
カカシは目の前が真っ暗になる。
「若い身空で故郷から離れた、こんな所で独り寂しく死んでいくのか。」
倒れたカカシは何とか仰向けになり、空を見上げる。
晴れた空は青く澄み渡り、真っ白な雲が浮かんでいた。
「ああ、空はあんなに青いのに〜、雲はあんなに白いのに〜。」
体が動けない割りには口は結構、元気である。
「まだ読んでない本も読み返したい本もたくさんあるのに〜。」
大好きな、あの人にも逢いたいのに〜。
恨めしげに空を見ていたカカシの視界は、だんだんと暗くなっていった。
「あ、カカシさん。」
カカシの名を呼び、顔を覗き込んでくる者があった。
「よかった、気づかれましたか。」
その人物はカカシの額の上のタオルをに取り、冷たい水に浸してあったタオルと交換してくれた。
固く絞った冷たいタオルを額に置かれると、ひんやりとして気持ちがいい。
「ど、どうして・・・。」
カカシは、その人物の名を呼んだ。
「イルカ先生が、ここに?」
そして、どうして布団に寝かされているんだろう・・・。
「俺ですか。」
イルカは、にこっと笑って傍らにあった水差しを取って、カカシに水を飲ませてくれた。
「俺は休暇中です。」
「休暇?」
「はい、ちょっと遅い夏休みを長めにいただいたので、休暇を満喫中なんです。」
丁寧にイルカは説明してくれた。
「ここは以前、三代目が所有していた小屋で自然の温泉、露天風呂付きなんですよね。」
「・・・温泉。」
そういえば、硫黄の匂いが、そこかしこにしている。
「はい。経緯は分からないのですが、三代目がお亡くなりになった際、財産を整理した時に、この温泉の管理者として俺の名が挙がっていたとかで・・・。」
「へええ。」
イルカは、はにかんだ。
「ここって木の葉の里から忍びの足でも二日もかかるんですよ。そんな遠隔地の温泉には誰も興味がなかったらしく、管理者という名目で俺が譲り受ける形になったんです。」
よく見るとイルカは寛いでいるのか忍服ではなくて、ゆったりとした感じの浴衣を羽織っている。
肌も、つやつやになっており、正に温泉を満喫しているようであった。
カカシも、また浴衣を着せられていた。
「食べ物も米と塩と酒だけ持参して、後は自給自足です。」
イルカは楽しそうに話した。
目が、きらきらと輝いている。
「川で魚を釣ったり森で茸や木の実を取ったり。」
のんびりしています、と里では見たことのないような表情をして生き生きとしていた。
「それで昨日も森に散策ついでに、木の実を取りに行ったらカカシさんが倒れていて、びっくりしました。」
「・・・そうだったんですか。」
イルカに見つけて貰わなければカカシは危ういところだったかもしれない。
それに、こんな里から離れた所でイルカに出逢うなんて運命的なものを感じる。
「俺も、ここには三代目がお亡くなりなってから始めて来て、小屋も荒れ放題で修理もしていました。」
「ふーん。」
カカシが部屋を見渡すと小さな家のようであった。
「三代目とは、ここによく来ていたの?」
カカシが好奇心から訊くと「まさか」とイルカは首を振った。
「一度しか三代目とは来たことありません。三代目はお忙しい方でしたから・・・。」
イルカの目が懐かしむように細まる。
「諸国外遊にお供させていただいた折、帰り道の途中で偶々、ここに立ち寄ったのです。いい場所を教えてやろうと仰られて、この温泉に連れて来られたんです。」
きっとイルカに目には亡き三代目が映っているに違いない。
三代目のことがイルカは大好きだったから。
「だいぶ、昔というか・・・。俺が十代の頃の話ですけどね。」
亡き人を忍ぶイルカの顔は慈しみに満ちている。
いなくなった人のことをイルカは、いつまでも忘れないのであろう。
だからこそ三代目は、この温泉地をイルカに譲り渡したのかもしれない。
イルカが温泉好きなったのは、案外、こんなところに理由があるのかもしれなかった。
「里には俺がカカシさんを保護して看病していること、容態も安定しそうだと知らせてあるので大丈夫です。ゆっくり温泉に入られていくといいですよ。」
この温泉は万能で何にでも効くんです、とイルカは自信たっぷりに言った。
「そうですか〜、じゃあ入ろうかなあ。」
何だか至れり尽くせりでカカシは嬉しくなってくる。
温泉も久しぶりだ。
その時、カカシの腹が主張するように、ぐーっとなった。
その音を聞いてイルカが微笑む。
「ご飯も用意してありますよ。といっても簡単なものですが。」
イルカが用意してくれた食事は質素であったが、どれも美味しくてカカシは生きていてよかったなあ、としみじみ思った。
その夜。
イルカと二人で露天の温泉に浸かりながら夜の空を見上げると月が、ぽっかりと浮かんでいた。
「気持ちいいですよねえ、温泉て。」
温泉に浸かりながらイルカは、ほくほくとしている。
「しかも今日は一人じゃないので嬉しいです。」
カカシを見ては楽しそうに笑っていた。
「こんな遠方、一人じゃ中々来る気が起きませんし。ナルトを誘っても温泉なんて、と言われそうだし。」
「そうですねえ。」
肩まで温泉に浸かりながらカカシは相槌を打つ。
「こんな辺鄙な場所まで誰か付き合ってくれる人、いないかなあ。」
ぽつり、とイルカが漏らした。
思わず、本音が出てしまったようだ。
「あ、だったら俺が。」
カカシが湯の中から手を上げた。
手を上げたといっても、手首だけ湯から出している。
「それ、俺が立候補してもいいですか?」
「え・・・。」
ぱちくりとイルカが瞬きした。
「カカシさんが?」
不思議そうに聞き返してくる。
「はい」とカカシは深く頷いた。
「俺も実は密かに温泉が好きで・・・。」
温泉は、たった今、好きになったから嘘ではない。
「そうだったんですか。」
イルカは本当に嬉しそうな顔をした。
「だったら俺も嬉しいです。」
満面の笑みだ。
「じゃ、今度、来る時は俺も誘ってくださいね。」
カカシは、すかさず約束を取り付けた。
「はい、もちろんです。」
湯の中でイルカは無邪気にしている。
特にカカシの思惑に気づいている様子もない。
ただただ、温泉仲間が出来たと思っている。
・・・ま、今はこれでいいや。
カカシは空を見る。
前に空を見た時は絶望的な気分だったのに、今はとっても幸せな気分だ。
それは大好きな人に逢えたから。
カカシは横にいるイルカを見つめる。
イルカを見つめるカカシの目は、とても優しかったのだった。
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