恋愛相談
任務帰り、イルカは里に近い森の中で迷子の子供を見つけた。
迷子の子供は顔の半分を覆面で覆っていて両目だけしか出ていない。
変わった子だなあ、とイルカは思いながら声を掛けた。
「どうしたんだ、こんなところで」
怖がらせないように近寄っていく。
怖くないよ〜なんて言いながら。
「迷子になったのか。お父さんかお母さんは?」
子供は男の子だった。
イルカを不審そうな目をして見つめてくる。
問いには答えようとはしない。
「うん?大丈夫か?」
男の子の前まで行くとイルカは同じ目線になるように、しゃがみこんだ。
目線が同じ高さになる。
近くで見ると男の子は子供ながらに中々、格好よかった。
キレイな顔立ちだ。
「お、カッコいいな〜。大人になったら、きっともてるぞ」
にこ、と笑ったイルカは男の子の頭に手を伸ばして頭を撫でる。
男の子は嫌がらなかった。
灰銀色の髪の毛は見た目よりも柔らかい。
しゃがんで頭を撫でていると、すっと男の子がイルカの懐に入ってきた。
小さな手が伸びてきてイルカに抱きついてくる。
「ん、どうしたんだ?」
言いながらイルカは小さな体を抱きしめてやった。
両親とはぐれて寂しいに違いない。
よしよし、と安心させるように背中をぽんぽんと叩く。
細い背中は思っていたよりも、がっしりとしていた。
ここでイルカは子供の正体に気づけばよかったのだが、本来の人当たりの良さが災いして気がつくことはなかった。
「はいはい、大丈夫だぞ〜」
優しい声でイルカは、迷子になって寂しいだろうと男の子を慰めた。
アカデミーの教師をしているので子供の心の機微には敏感だ。
ますます力を込めて抱きついてくる男の子にイルカは抱きしめ返すことで応える。
ひとしきり抱きしめて、男の子が落ち着いたと思った時にイルカは改めて尋ねた。
「なあ、お父さんかお母さんはどこにいるのかな?」
小さい声が聞こえた。
男の子は抱きついたままだ。
「・・・もういない」
「え」
その言葉の意味するところをイルカは悟った。
いないって亡くなったってことか・・・。
見る見るうちにイルカの顔は曇っていく。
思い出したくないようなことを聞いてしまった。
罪悪感が胸がいっぱいになる。
男の子を、ぎゅっと抱きしめた。
「ごめんな、悪かった」
イルカも幼い頃に両親を亡くしているので男の子の気持ちが痛いほどに解る。
「辛いことを思い出させて」
男の子は、ふるふると首を振った。
その可愛い仕草にイルカは釘付けになる。
カッコよくても子供だなあ。
胸の中があったかくなった。
「迷子なら俺が里まで連れて行こうか?」
子供が一人で森の中にいては危ないと思い、イルカが訊くと男の子は、こくんと頷いた。
言葉は少ないがイルカに打ち解けてきたようだ。
ぴったり寄り添って離れようとしない。
かわいいなあ〜。
ほのぼのとした気持ちになったイルカは男の子に訊く。
「名前、教えてくれるかな?あ、俺はうみのイルカ」
名前が分からないと呼びにくい。
男の子は目を瞬かせてイルカの顔を見た。
少し驚きの表情が入り混じっている。
「あ、嫌ならいいけど」
初対面の人には名前は教えるのが嫌かもしれない。
イルカが気を回して、そう言うと男の子はぽつりと言った。
「・・・はたけカカシ」
「いい名前だね!」
言ってイルカは微笑んだ。
「じゃあ、はたけくんって呼んでいいかな」
「カカシがいい」
「わかった。じゃあ、カカシくん?」
にこやかなイルカに対してカカシと名乗った男の子は複雑な顔をしている。
カカシくんじゃ駄目だったのかな。
一抹の不安がイルカの胸を横切ったが男の子は「いいよ、それで」と答え、イルカを安心させた。
「行こうか」
一旦、体を離して手を繋ぐ。
子供の足に合わせて歩いても夕方くらいまでには里に到着するだろう。
報告はそれからでも遅くない。
今は迷子の子供を里に、ちゃんと届けるのが先決だ。
「うん」
カカシと名乗った男の子は手を繋いでイルカと歩き出した。
てくてくと森の中を歩いていく。
しっかりと握られた手からは温もりが伝わってくる。
子供っていいなあ。
元来、子供好きなイルカが密かに頬を緩めているとカカシが話しかけてきた。
「ねえ、イルカせ・・・さん」
「なんだい、カカシくん」
「イルカ・・・さんてさ」
「うん」
カカシを見ると照れたように、もじもじとしていた。
あ、これは。
イルカは、ぴんときた。
話しにくいことを話そうとしている子供の合図だ、と。
「どうしたんだ」
なるべく、話しやすい雰囲気を醸し出すように努めながらイルカは声を出した。
穏やかに優しく。
だが次の瞬間、イルカは目を瞬かせた。
カカシの質問に対して。
「好きな人いるの?」
まさか、そんな質問が来るとは予想だにしていなかったイルカは固まった。
「それか、恋人はいる?」
子供がするような質問ではない。
この子、見かけより精神年齢高いのかも。
驚きながらもイルカは返事をした。
「好きな人も恋人もいないよ」
これは本当だった。
「本当に?本当にいない?」
カカシは念入りに訊いてくる。
「ああ、いないよ、本当だ」
本当だけど、ちょっと悲しい。
「恋人がいたらって思わないの?」
「そりゃあ、いたらいいけどね」
これは本心だ。
イルカには、そういう縁がなかったのだ。
今までの人生で。
「ふーん」
カカシは少し考えてから言った。
「オレ、好きな人がいるんだよね」
「あ、そうなんだ」
やはり、カカシの精神年齢は高いらしい。
子供に見えても中味は大人なのかもしれない。
「すごく好きな人がいて、こんなに好きになったのって人生で初めてかもしれない」
「そ、そう」
真剣な口調で話すカカシにイルカの方が押され気味だ。
・・・俺って恋愛経験乏しいから。
自分で認めてしまっている。
そんなイルカの心情を知ってか知らずか、カカシの話は続く。
いつの間にか、饒舌になっていた。
「好きになった切っ掛けってのは特にないんだけど、気がついたら好きになっていたんだよね」
「ふ、ふーん」
イルカは恋だ愛だの話が得意ではない。
どちらかというと苦手な方だ。
なので無難な相槌を打つことしかできなかった。
「最近は一緒にいることが多いのにオレの気持ちに全く気がついてくれないんだよね」
「・・・大変だな」
「そう、大変なのオレ」
「そ、そっか」
ふー、とカカシは大人みたいな顔をして溜め息を吐いた。
森の中にはカカシとイルカの二人きりしかいない。
カカシの外見は、どう見ても子供なのに不意に成人した大人、男性のようにイルカの目には映った。
「いっくら好きですってアプローチしても一向に解ってくれないんだよねえ」
「・・・・・・鈍いのか、その人」
興味が出て訊いてみると、歩みを止めてカカシが何かを訴えるようにイルカを、じっと見つめてきた。
イルカの言ったことが図星だったらしく、カカシが苦い顔をしている。
「うん。鈍いの、その人」
歩みを止めたカカシは今度はイルカの手を引いて歩き出した。
子供とは思えない力だ。
「鈍いんだけど、そこがまた可愛くもあるから強く出られなくて」
惚れた弱みだよね、とカカシは大人みたいな発言をする。
「もーさ、いっそのこと」
何故か、その口調にイルカは、ぎくりとした。
「押し倒して実力行使に出ちゃおうかと思っているだよねえ」
「な、何を言っているんだ」
子供のカカシが言うようなことではない。
「そ、そんなこと考えちゃいけないだろ」
一応、イルカは諭してみた。
教師のプライドで。
もう教師であるイルカの範疇から、かなりはみ出た事案ではあったが。
「まずは告白。自分の気持ちを伝えることからしないと」
大きく息を吸って吐いて自分の気持ちを落ち着かせる。
・・・押し、押し倒すって子供が言うことじゃないだろう。
逆にイルカの方が、どきどきしてしまう。
「あ、そのだな」
とりあえずのアドバイスをしてみた。
「カカシくんは、その好きな人に好きだって、もう言ったのか?」
「あ!そういえば」
カカシは首を横に振った。
「言ってない・・・」
その言葉にイルカは胸を撫で下ろした。
「だったら言ってみないと分からないよ、言葉にしないと。相手の人が鈍いってのなら、尚更だ」
「それも、そうだーね」
納得したようにカカシは頷いた。
「行動に移すのは、それからでも遅くないよね」
「そうだな」
話の切れ目で、ちょうど木の葉の里の大門に着いた。
ここを潜れば木の葉の里だ。
「ところで家はカカシくんの家はどの辺なんだ、送って行くよ」
「それには及びませんよ」
イルカを見上げたはずのカカシが白煙に包まれた。
これは術を解く時のものだ。
「え・・・。えっ!」
カカシの目線がイルカと同じになっていた。
どこかで見たような姿になっている。
「あ、あれ?カカシ、さん?」
「そうですよ」
目の前の大きくなったカカシは片目だけを出している。
写輪眼と呼ばれる、もう片方の目は額宛で隠しているのがカカシのスタイルだ。
「ど、どうして?」
目をぱちくりしているイルカは事態が飲み込めていない。
「さっきまでカカシくんがいたのに」
「そのカカシくんはオレなんですよ。偶々、子供の姿に変化していたとこにイルカ先生が通りかかったんです」
「ええっ」
イルカは本気で驚いていた。
「うそ・・・」
「嘘じゃないですよ、オレは最初から本名を名乗っていたでしょ、はたけカカシって」
「それはそうですけど」
子供の姿だったので、大人のカカシのことは思い浮かばず結びつかなかった。
「まー、そんなとこが鈍いと思ってしまう所以なんですが」
眉を顰めたカカシが未だ、繋いでいたイルカの手を引いた。
引っ張られて二人の距離が縮まる。
「で、解りましたか、オレの気持ちが」
「気持ちって、カカシさんの?」
「そう、オレの。さっきイルカ先生に話したでしょう」
深く頷かれてイルカは戸惑った。
「そんなこと急に言われても」
何が何だか解らない。
カカシは、にっこりと笑った。
「好きです、イルカ先生」
告白された。
「大好きです、イルカ先生が」
オレと付き合ってください、とはっきりとカカシに言われた。
「で、でも、俺・・・」
カカシさんと俺は男同士で、上忍と中忍で、よく一緒に飯食べたり飲んだりしているけど。
イルカの頭の中は混乱している。
時々はお互いの家に泊まったりして、えーと・・・。
「イルカ先生、返事は?」
「返事・・・」
突然、降ってわいた自分の恋愛場面にイルカは対応できないでいる。
こういうとき、どう言えばいいんだ?
そんなイルカにカカシは追い討ちをかけた。
「実力行使に出たほうがいいですか」
言い方はソフトだが根底には本気を感じる。
焦ったイルカは急いで言った。
「お付き合いします!」
「そう、よかった」
カカシの笑みが深くなる。
「イルカ先生、オレのこと好き?」
「た、多分・・・」
子供のカカシが言っていた好きな人のことを思い出してイルカは、かーっと赤くなった。
こんなに好きになったのって人生で初めてかもしれないって言っていたっけ・・・。
そんなに愛されているのか、俺。
心臓の鼓動が早くなる。
「多分?ま、今はそれでいーか」
これから、たくさん好きになってもらえればね。
カカシは、そんなことを呟いた後に嬉しそうにイルカを抱きしめたのであった。
ちなみに里の出入り口の大門は人が大勢、行き来しており多くの人間がカカシとイルカのことを目撃していた。
もちろん、会話もばっちり聞かれていたりして。
大勢の人がカカシとイルカの間柄を知ることとなった。
それがカカシの狙いだったのかどうかはカカシにしか解らないことであった。
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