諦められないあの人
カカシが一晩眠ってから出した結論は、諦められないであった。
諦められない、とはイルカのことである。
諦められないというよりは諦めきれないといった方が心情的には正しい。
ここで諦めてしまったら、それで終わりなのだ。
朝、起きたカカシは決心していた。
イルカ先生に告白しよう、と。
正直に気持ちを伝えて返事を貰いたい。
昔のことは・・・。
カカシは暫し考え込む。
出来たらイルカの思い出に訂正を入れたい。
自分がイルカを助けたことを知ってもらいたい。
カカシとイルカの初めての出逢いだ。
それを切っ掛けにして今のカカシに至る。
まずは探りを入れてみることにした。
なぜイルカは助けた人物を女性と思っているのか?
まずはそこを正したい。
助けたのが男性だと知れば、おのずと助けた人物がカカシと結びつくような気がした。
幸いにも今日もイルカと夜に食事の約束を取り付けている。
その時にでも訊いてみよう、さり気なく。
カカシは一人、満足そうに頷いた。
朝、依頼書を取りに受付所を訪れるとイルカがいた。
カカシを見つけると、すぐにイルカは笑顔になる。
「あ、カカシさん、おはようございます」
「おはようございます」
イルカから依頼書を手渡された。
「どうぞ。今日の任務はこちらです」
「ありがとうございます」
依頼書を渡されると普通は、そこで受付は終わりだったが、その日の朝はイルカがカカシを呼び止めた。
「あの、カカシさん」
「なんでしょうか?」
イルカは座っていた席からカカシを見上げた。
心なしか不安そうに。
「実は昨日の話なんですけれど」
「昨日・・・」
言われて、すぐにピンときたが顔には出さない。
「昨日の話というと、例の助けてくれた人の話ですか」
努めて落ち着いた声を出す。
イルカは「そうです」と頷いた。
「それの助けてくれた人のことなんです」
言い難そうにしていたが意を決したように言う。
「今まで、ずっと女の人が助けてくれたと思い込んでいたんですが」
どきん、とカカシの心臓が音を立てた。
最も、その音はカカシにしか聞こえなかったが。
「昨日、カカシさんに男の人だと言われて、よくよく考えてみたら、もしかして昔、俺を助けてくれたのは男の人だったかもしれないと思って」
「えっ、ほんとに!」
思わずカカシは受付所の机の上に身を乗り出していた。
がつん、と火花が散った。
カカシが身を乗り出しすぎて、カカシの額とイルカの額がぶつかったのだ。
結構は音がして二人は額を抑えた。
額宛てをしているので、それほど痛くはないが金属同士がぶつかり金属音が頭に響いてしまった。
きーんとする音に頭が痛い。
そのお陰で受付所にいる全員から注目される羽目になった。
朝、受付所に来ていた三代目火影も呆れたように見ている。
「あの、イルカ先生!」
どうして男性だと思ったのが理由を知りたかったカカシは、めげずにイルカに話の続きを聞こうとしたのだが受付所が混んできた。
元々、朝は混む場所なのだ。
そして三代目火影も目で、早く任務に行けと急かしてくる。
仕方なくカカシはイルカから退いた、不本意であったが。
「イルカ先生、また後で!夜の約束も忘れないでくださいね」
イルカが了解して頷くのを見届けてカカシは指導している下忍との任務に向ったのだった。
下忍が任務をしている間、大抵、カカシは本を読む振りをして監督していた。
時には手を出すが基本は自分で任務を完遂させる。
その日は任務の監督はしていたがカカシの心は、どこか上の空だった。
イルカ先生は、どうして助けた人が男だと思ったんだろ?
それに急に朝、あんなことを言い出して、どうしちゃったのかなあ。
気持ちが落ち着かず、そわそわしてしまう。
もしかしてイルカ先生、助けたのは俺だと判ったのかな。
判ったとしたら・・・。
すっとカカシは本で自分の顔を隠した。
にやけた顔を。
だったら嬉しいなあ、とにやにやが止まらない。
そんで好きですとか言われたら、どうしよう。
想像、いや妄想は走り出したら止まらない。
にやけるカカシは傍から見たら少々、不気味でも本人は至極、幸せそうで。
だが助けた人がカカシと判ったところで、それが恋愛感情に即、結びつくとは限らない。
一番、重要なことをカカシは忘れていた・・・。
日は暮れて夜の帳が下りた頃。
カカシは上忍の控え室にいた。
イルカが仕事が終わるのを待っていたのだ。
仕事が終わったらイルカが来る手筈になっている。
内心わくわく、どきどきしながらカカシはイルカを待つ。
ついでに今日はどこへ行こうかと、あれこれ考えて昼間より更に落ち着かない。
待っている時間は長い。
時計と幾度も見ているが針は一向に進んだ気配がなかった。
イルカ先生、まだかなあ。
カカシの床に着いた足が何度も床を叩く音がする。
早く来ないかな、イルカ先生。
対して待ってもいないのに今日のカカシは堪えがない。
もー、迎えに行っちゃおうかな〜。
痺れを切らしてカカシが立ち上がった時だった。
控え室の扉が、やや乱暴にノックされた。
扉を開けると、そこには息を切らせたイルカが立っている。
「すみません、お待たせしました」
急いで仕事を終わらせてきたのか、額には汗ばんでいた。
「いえいえ、ぜんぜん、待っていません」
しらっとして言ったカカシはポケットからハンカチを取り出すとイルカの額の汗を拭く。
「あ、いいです。大丈夫ですから」
「いいのいいの」
止めるイルカを押し切って額に拭いていた。
なんだか妙にイルカが愛しく思えて、こんなことでもしていないと抱きしめてしまいそうだったから。
汗を拭くついでに、どさくさにまぎれてイルカの額を指で撫でるのも忘れなかった。
「で、あのですね」
店に着き、ほどよく酒を飲む雰囲気も良くなったところでカカシは計画通り、さり気なく切り出した。
「朝の話の続きなんですけどね」
「あー、朝の」
イルカはグラスの酒を一口、飲んで顔を赤くした。
酒の酔いとは違う赤さだ。
「そうです」
イルカの普段は見せない表情を凝視しながらカカシは言った。
「朝、受付所で会った時にイルカ先生、昔、助けた人が男だったんじゃないかって言っていたでしょ」
「あー、はい」
「なんで、そう思ったの?」
結局、単刀直入にストレートで訊いてしまった。
「それは、そのう」
口篭る。
酒ばかり口にしてイルカは中々、答えようとしない。
「ええっとですねえ」
「今まで女だと思っていたのに俺の指摘で男だと思ったんでしょう?」
「そうですね」
「なんで、そう思ったんです?」
「うーん、それは」
「何か理由はあるんでしょ」
「あるにはあるんですが・・・」
イルカは歯切れが悪い。
酒の量ばかり増えていく。
「その、ちょっと答えにくいんです・・・」
俯きながらもイルカはカカシを見た。
いわゆる上目遣いというやつだ。
そのイルカの目線はカカシを煽っただけだった。
「教えてくださいよ」
「でも」
「どうして答えにくいんですか」
「だって」
「俺にも言えないことなんですか」
「そうじゃなくて」
イルカの煮え切らない態度にカカシは焦燥に駆られてしまう。
まるでイルカの一言で将来が決ってしまうかのように。
「いいじゃないですか、言ってくれても」
カカシは言い方を変えた。
「俺とイルカ先生の仲でしょう?」
にこ、と微笑んでみる。
「イルカ先生の秘密は守りますから、絶対誰にも言いませんから」
懐柔作戦に変更した。
優しく、宥めるような言い方をする。
やはり、その日もカウンターで並んで座っていたのだがイルカの肩に手を回してスキンシップを図った。
体が触れ合うことで気分を解そうと試みたのだ。
イルカも特に嫌がらなかった。
イルカの顔を覗き込んで子どもに言うように言い聞かせる。
「俺は約束は守りますし、口は固いんですよ。イルカ先生が話してくれたら俺、嬉しいなあ」
カカシのにこにこする顔を見て、とうとうイルカは口を開いた。
「じゃあ、絶対に誰にも言いませんか?」
声が小さくなる。
秘密を打ち明けるように。
「絶対!誰にも言いません」
「だったら」とイルカは話し出した。
「あのですね、助けてもらった時、俺、怪我をして毒盛られて意識朦朧としていたんです」
それはカカシも知っている。
「で、解毒剤を飲ませてもらったんですけどね」
解毒剤を飲ましたのはカカシだ。
「自分で飲めなくて飲ませてもらったんです、口移しで」
口移しで、という単語をイルカは恥かしそうに口にした。
「口移しって要するにキスのことでしょう。キスは男女の間でするものだと思っていたので、口移しで薬を飲ませてくれたのは女性なんだと自然、思っていたんです」
でも、とイルカはカカシを見た。
「仲間を助けるのに男も女も関係ないのかもしれない、と思って」
それで朝、カカシに助けてもらったのは男かもしれないと言ったらしい。
「それにですねえ」
イルカは、ふっと息を吐いた。
「あれが俺のファーストキスだったから、だから・・・」
「えっ、ファーストキスだったの!」
思わぬ展開にカカシは目を見開いた。
「あれがイルカ先生のファーストキス!俺がイルカ先生のファーストキスの相手なの!」
カカシの声は喜びに満ちて溢れていたのだが、その声は店中に響き渡っていた。
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