八月七日
まだまだ、暑さも続く夏。
仕事が終わったカカシとイルカは一緒に帰宅の途に就いていた。
「今日も暑かったですね」
「ほんとーに。いつまで続くんですかね、この暑さ」
こんな会話が日常になっている。
「まだ、八月の七日ですもんね。当分、暑さは続くでしょう」
「八月七日・・・」
ふとイルカが何かを思い出すように、首を傾げた。
「そういえば、八月七日って」
「何かありました?」
「いえ、以前にですね」
肩を並べて歩きながら、イルカが話す。
「以前に任務に赴いた土地では、八月七日が七夕だったんですよね」
「へえー、七月七日ではなくて?」
「そうなんです」
そのことを思い出したのか、イルカの顔に笑みが浮かぶ。
「旧暦の方で七夕をしていたんですね、その地は」
「ふーん」
「それで、面白かったのが・・・」
思い出を、にこやかに話すイルカに軽い嫉妬を覚える。
自分が知らないところで、そんな顔をしていたりしたのか。
そんなイルカの隣に自分もいたかった、と。
嫉妬とは少し違うかもしれない。
「八月七日の夕方に子供たちが各家庭を回って、お菓子を貰うんですよ」
お菓子を貰うときに歌を歌ってね、とイルカは覚えていた歌を口ずさんだ。
「蝋燭がどうとかいう歌でしたが、もう忘れてしまいました」
そんな風習を持つ土地もあるんですねえ、とイルカは興味深げに締めくくった。
しかし、カカシは別のことに興味が沸いた。
「で?イルカ先生はお菓子をあげたの?」
「俺ですか?まあ、そんな豪華なものではないですけど」
ちょっとした菓子類をイルカは配ったらしい。
「子供たちが喜ぶ姿は見ていて、微笑ましいですよね」
子供好きのイルカらしい発言だ。
「でもですねえ」
更に何かを思い出したのか、イルカの眉が寄った。
「当時、既に成人していたのに妙に若く見られて、一通りお菓子を配って夕涼みに外に出たら、外にいた大人に余ったお菓子を渡されて困りました」
苦笑いを浮かべる。
「そんなに俺、若く見えたんですかねえ。余ったお菓子をたくさんいただいて、それはそれで嬉しくもあったんですけど」
「イルカ先生は今でも若いですよ」
力強く断言するカカシにイルカは「まあ、カカシさんよりは、ほんの少し若いですけどね」と肩を竦める。
カカシが気を遣って慰めてくれたと思ったようだ。
「いいなあ〜」
心の底から羨ましそうな顔をカカシはする。
「イルカ先生からお菓子貰いたかったなあ。っていうか、俺もイルカ先生にお菓子あげたかった」
「俺にお菓子をあげて、どうするんですか」
おかしそうに言うイルカに対して、カカシは真剣そのものだ。
「だって、お菓子をあげたら一つだけ願いが叶うんでしょ?それか、悪戯していいとか」
「・・・微妙に色々、混ざってしますね」
「その頃のイルカ先生、見てみたかったなあ」
しみじみとカカシは呟く。
今のイルカも充分に魅力的で言うことはないのだが、若い頃のイルカも出来ることなら見てみたい。
「ああ、それなら」
何気ない風でイルカが言った。
「写真があるはずですよ、一枚だけですけど」
確か、家の奥の戸棚のどこかに、なんて言っている。
念のため、カカシは聞いた。
「任務だったんだよね?」
任務で赴いた土地で写真を撮って、それを保管しておくなんていいのだろうか?
機密に関わるんじゃないか、と心配したのだ。
「ああ、それなら大丈夫です。火影さまの許可をいただきましたから」
さらりとイルカは答えた。
「任務は任務なんですけど、その土地の風習を調べるみたいな任務で、暫く逗留して、あちこち調査して写真と撮ったりしていたんですよ」
余った写真をくれたんです、とイルカは言う。
「いい記念になりました」
へへへ〜とイルカは子供みたいな顔で笑った。
「暫く逗留して、土地の風習を調べるねえ」
色んな任務があるもんだ、と思って感心していたカカシだったが、ある重要なことに気がついた。
「ちょっと待って、イルカ先生」
「はい、何でしょう?」
カカシは片手で額を押さえて苦悩のポーズをしている。
「逗留、調査ときたら、一人じゃないよね?」
「そうですね、そのような任務は二人一組、またスリーマンセルが基本ですから」
「だよね〜」
ずいっとカカシはイルカの方に身を乗り出した。
両手でイルカの肩を押さえて、逃げられないようにする。
「それで?その任務は誰と行ったの?男?女?それとも両方?二人きりで?何日間くらい?一緒の部屋だったの?」
「え・・・。え?」
「その時の任務での設定は?関係性は、どんな設定だったの?恋人?夫婦?兄弟?親子?」
恋人や夫婦だったら、なんて考えると正真正銘の嫉妬で胃が痛くなってくる。
「どうなの、イルカ先生。教えて、イルカ先生」
目を、ぎらぎらとさせて異様な雰囲気で問い詰めてくるカカシに恐れを感じたのか、イルカが一歩後退する。
しかし、カカシに肩を掴まれているので、それ以上は無理だった。
「カカシさん、どうしたんですか。変ですよ、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられますかっての」
最早、カカシは嫉妬全開だった。
「過去であるとはいえ、イルカ先生が俺以外の誰かと、もしかして仮に嘘でも恋人とか夫婦とか名乗っていたらと考えると嫉妬で神経が焼ききれそうです」
「そんなこと言われても〜」
「ちょっと!ちょっとでいいから教えてください、イルカ先生」
困ったようにカカシを見ているイルカは、それでも首を横に振った。
「だめです」
「そんな〜」
「カカシさんも解っているでしょう」
任務には守秘義務というものが存在する。
「な、い、しょ」
人差し指を唇に当てて言うイルカにカカシは負けを痛感し、太刀打ちすることができなかった。
「なら、いいです」
イルカの肩に置いていた手を外して、イルカの手を引いた、というより引っ張った。
「その例の写真を俺にくれたら、許してあげます」
「許すって何ですか、それ」
当惑したようなイルカの声も何のその。
「だって、今日はお菓子をくれる日なんでしょ」
「写真はお菓子じゃないですよ」
「俺にとっては、おんなじですって。美味しいものですもん」
何が同じなのだろう?
それに美味しいものって?
頭に浮かんだ疑問が解けぬうちにイルカの家に到着してしまった。
カカシとイルカは徒ならぬ関係にあり、一緒に暮らしている。
親密な仲だ。
「さあさ、イルカ先生」
写真写真、と言いながらカカシはイルカの家を開錠し、中に入る。
「早く見せてくださいよ〜」
多大に期待して、うきうきと浮かれていた。
「そんなに見たいもんですかねえ」
それでもカカシの期待に応えるべく、どこにやったけ?とイルカは律儀に写真を探している。
ここでもない、そこでもないと探し回ったイルカは、やっと一枚の写真を探し出した。
「これです、これこれ」
懐かしいな、と写真を見ている。
「少しばかり色あせていますよ」
「いいですいいです、見せて見せて」
カカシはイルカから写真を受け取った。
そこに写っていたのは・・・。
「な、な、な・・・。なんですか、これ!」
写真を見たカカシは叫んでいた。
叫ばずにはいられなかった。
「なんですかって、俺ですけど」
イルカは、きょとんとした瞳をしている。
何故、カカシが叫んだのか、解っていない。
「どこか変ですか?」
「変じゃないですけどね」
写真を持つカカシの手は、わなわなと震えている。
「変じゃないですけど」
「じゃあ、どうしたってんですか」
少し色あせた写真の向こう側でイルカは笑っていた、照れたように。
上気している頬が艶めいて、初々しさを際立たせている。
季節柄、七夕だったこということで浴衣も着ていた。
背景は、それほど映ってはおらず、上半身が浴衣姿のイルカが大きく写っている写真だ。
髪は頭に一括り、すっきりとした項が曝け出されて、開いた胸元がちらりと見える。
成人しているとイルカは言っていたが、とてもそうは見えない。
「まるっきり子供じゃないですか」
「えー、そうですか」
「そうですよ!」
これなら、お菓子をついついあげたくなってしまう心情が解ってしまう。
むしろ、共感する。
「これで、成人しているだなんて」
絶対に見えない、とカカシは断言できる。
「おまけに」
ぎりぎりと歯軋りしてしまう。
「子供の姿で、この滲み出る色気は何ですか!」
「・・・カカシさん、視力が落ちたんじゃないですか」
カカシはヒートアップしているが、イルカは冷静だ。
「明日にでも病院で検査してもらった方がいいですよ」
しかし、カカシは聞いちゃいなかった。
「この写真を撮った人間は誰ですか!」
いきり立っている。
イルカに、こんな表情をさせるなんて・・・。
させることが出来るなんて、いったい誰なんだ?
こめかみが、ぴきぴきと音を立てる。
「だから、それは言えませんって」
「く〜っ!何で、俺はこの時、イルカ先生に会っていなかったんだろう」
目茶苦茶、悔しがっている。
「まあまあ。今、出会えているからいいじゃないですか」
ぽんぽんとイルカはカカシの肩を叩く。
「俺はカカシさんと出会えて良かったと思っていますよ」
イルカの言葉を聞いて、大きく息を吸って吐き出したカカシは少し落ち着いたようだった。
「そうですね、過去のことを言ってもどうにもなりませんよね」
「そうですよ」
「んじゃ、この写真はいただきます」
自然な動作でカカシはイルカの貴重な写真をベストの内ポケットに丁重にしまった。
それはカカシの一生涯の宝物になること間違いない。
「ま、それはそれ、これはこれとして」
ずずいっとカカシは座っているイルカに迫った。
「俺にもください、お菓子を。お菓子じゃなくて、甘ければいいんです、甘ければ」
「甘いものは苦手なんじゃ?」
カカシは天麩羅と甘いものを苦手としていたはずだ。
「甘いものは甘いものでも」
覆面を下げ、額宛を外したカカシの顔がイルカに近づく。
「お菓子ばかりが甘いものでもないでしょ」
なぞなぞみたいなカカシの問いかけだ。
無論、カカシが言っているのはお菓子ではない、断じて。
「甘いもの、他にもあるでしょ」
ほら、ここに、とカカシの指がイルカの唇を突付くと、イルカはかっと赤くなった。
そこら辺のところは写真のイルカを同じで、いつまで経っても初々しい。
そして、愛らしくさえもある。
「ここは、とっても甘いでしょ」
カカシに覆いかぶされるような体勢で、耳元で囁かれる。
低い声は、こんなとき甘く聞こえるから不思議だ。
声には味覚なんてないのに。
「イルカ先生、大好き」
自分だけを見つめるカカシの顔が、ゆっくりと近づいてきてイルカは目を閉じた。
目を開けていたら耐えられそうにない、カカシとのキスに。
存分に甘いキスを味わったカカシは、とても満足そうで、かつ幸せそうで。
キスをして息を切らせるイルカの背を余裕で支えていた。
カカシにとって八月七日は、七夕でなくて棚ボタだったのかもしれない。
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