いい一日
その日はあたたかく晴れていて気持ちのいい日であった。
風も穏やかで、気分も爽やかだ。
「今日も、いい一日になりそうだ」
アカデミーへと出勤途中のイルカは晴れた空を見上げて目を細めた。
空には、のんびりと白い雲が浮かんでいる。
ふわふわと漂う白い雲に心が和む。
晴れた日は好きだ、とイルカは心の中で呟いた。
出勤途中にイルカがアカデミーで教えていた、かつての教え子たちに遭遇した。
どうやら上忍師を待っているらしい。
教え子三人はイルカの姿を見るやいなや「イルカ先生ー!」と手を振って駆け寄ってきた。
「おはようございます!」
声を揃えて挨拶された。
「おはよう、早いな」
イルカも、にこにこと挨拶を返す。
教え子が元気そうなのを見て嬉しくなったのだ。
「早い時間に集合かけた本人が、まだ来ていないんですけどね」
教え子の一人である桃色髪の女の子が肩を竦める。
「いつものことだってば」
金色頭の子供はしょうがないと言った風情だ。
「もう、そろそろ来るだろう」
黒い髪の子供は素っ気無い。
「そうかそうか」
イルカは労うように子供たちの頭を一人一人撫でていく。
「待つのも任務のうちだと思えばいいさ。頑張れよ」と。
そうして職場であるアカデミーと行こうとしたのだが。
桃色髪の女の子に引き止められた。
「あ、イルカ先生。ちょっと待ってください」
「ん、なんだ?」
振り返ると女の子は少しだけ、もじもじとした後にポケットから何かを取り出してイルカに手渡してきた。
「はい、イルカ先生。これ、どうぞ」
「なんだ?」
貰ったのは透明なセロファンで可愛くラッピングされたクッキーだった。
「昨日、作ったんです、よかったら・・・」
イルカは教え子の意図を悟って微笑んだ。
「ありがとう、嬉しいよ」
本当に嬉しかった。
すると隣の男の子二人も何やらポケットを、ごそごそすると何かを出してきた。
「イルカ先生、はいってば」
「イルカ先生、これ・・・」
受け取ってみると飴玉にチョコレートだ。
「いいのか?」
イルカは子供たちの気遣いに感動していた。
ものすごく嬉しい。
今日が何の日が覚えていてくれたのだ。
アカデミーの教師であっただけという自分のことを思っていてくれる。
胸が熱くなった。
「先生、嬉しいぞ」
元来、感激屋な部分があるイルカは、じーんときてしまう。
危うく涙が出そうになったが、そこはある登場人物によって遮られた。
「おはよ〜う」
現れたのは子供たち三人の上忍師カカシであった。
「や、遅くなってごめんね」
一応、子供たちに謝っている。
「遅ーい、カカシ先生」
「遅刻だってば」
「しょうがないやつだ」
口々に文句を言われて頭をかいている。
ふと、イルカの方を見るとぺこりと頭を下げてきた。
この人は全く上忍らしくない。
気軽に中忍のイルカにも挨拶してくる。
「おはようございます、イルカ先生」
「おはようございます」
イルカも頭を下げた。
「おや?」
カカシはイルカの手の中の物に気がついた。
「イルカ先生から甘い匂いがしますね」
「え、ええ、まあ」
「どうしたんですか、それ」
手の中の物を指差される。
「え、えっと。子供たちに貰いまして」
「へえー」
どうして貰ったは何となく言うのが躊躇われた。
カカシは気さくな面もあるが、実は気性の激しい面があるというのは以前、目の辺りにしていた。
貰った理由を言うと何だか怒られるような気がしたのだ。
「あ、じゃあ、俺はこれで」
イルカは子供たちから貰った物を鞄に仕舞うと、その場を後にしたのだった。
その日は一日、ついていた。
同僚に缶ジュースを奢ってもらったり、知り合いの上忍からお土産を貰ったり。
火影さまから滅多に手に入らない高級和菓子をいただいたりと。
仕事も一日、順調で珍しく定時に帰れることになった。
「すごいなあ、今日は」
アカデミーを後にイルカは一日を振り返る。
「いいことばっかりだったなあ」
そうして、くすっと笑った。
「神様が今日だけは、いい一日にしてくれたのかな」
空を見上げると夕暮れ色に染まっていた。
「帰りに美味い酒でも買って帰るか」
ちょっとだけ贅沢してさ、とイルカは思った。
「そんでもって明日から、また一年頑張ろう」
自分で自分を応援する。
「今日という日のために」
今日、この日は実はイルカの誕生日であった。
「じゃ、帰りにラーメンでも食べていこうかな」
夕食は大好きなラーメンを食べることにした。
「今日は大盛りにして食べちゃおう!」
うきうきとしてくる。
そうして勢い込んでいったラーメン屋には一人、先客がいた。
「あ・・・。こんばんは」
店の暖簾をくぐったイルカは意外な人物がいて驚いた。
「こんばんは、イルカ先生」
そこにいたのは朝に会ったカカシであった。
「また、会いましたね」
カカシの方から話しかけてきた。
「はい、そうですね」
ラーメン屋にカカシがいるなんて、びっくりである。
今までここで会ったことがなく、しかも、こんな時間に一人で。
イルカがラーメンを注文するとカカシのところにラーメンがやってきた。
イルカより早く来て注文していたのだから当たり前だろう。
ラーメンのいい匂いが漂ってくるとイルカの腹は素直に鳴った。
「あはは、腹が減っちゃって」
照れ隠しに笑うとカカシの雰囲気が、ふっと柔らかくなった。
「ここのラーメン、美味いですよね。俺、大好きなんです」
そう言うとカカシが頷いた。
「俺も大好きです」
じっと出ている片目がイルカを見ている。
「大好きなんです、イルカ先生」
その声が妙に優しく聞こえてイルカは焦ってしまった。
なんだかカカシの瞳が愛しげだというようにイルカを見ているから。
勝手に、どきどきとしてきた胸を押さえてイルカは自分を戒めた。
・・・ラーメンの話をしているだけなのに何で、こんなにどきどきするんだよ俺。
相手はカカシ先生なんだから、変だろ俺。
息を吸って落ち着くとカカシはラーメンを食べていた。
もうイルカを見ていない。
ちょうどイルカのラーメンもきた。
ほっとしたイルカは食べ始めた。
「美味いなあ」
思わず、言葉に出てしまう。
「ですよねえ」
相槌を打たれてカカシを見てしまう。
カカシは既にラーメンを食べ終えていた。
「あんまり美味くて俺は三杯も食べてしまいました」
「あ、そうなんですか」
カカシ先生は意外に大食漢なのかな、とイルカが思っているとカカシが全く違うことを言った。
「今日、ここにいればイルカ先生に会えるかなと思ってラーメン食べながら待っていたんです」
つまりイルカを待っていてラーメンを三杯も食べてしまったということだ。
イルカが来なかったら、どうしていたのだろう?
「そうだったんですか、それは・・・」
すみません、と言うとカカシは首を振った。
「いえ、いいんです。知らなかった俺が悪いんですから」
「えっと」
話が見えない。
「意中の人の誕生日くらい調べておけって話ですよね」
カカシは一方的に話している。
「今日、朝、子供たちに聞いたんです」
どうやら、カカシが言っているのは今日がイルカの誕生日だということであった。
「いや、あの、お気になさらずに」
「そういう訳にはいきません!」
ラーメンを食べ終わったカカシは丼をカウンターの上の台に乗せると立ち上がった。
「俺にとっては大事な日です」
「はあ」
誕生日は大事な日ではあるけれども、それは本人と本人に近しい者に当たる人にとって大事な日となる。
カカシは、きりっとした顔になってイルカに言った。
「俺は今日これから任務なんですが帰ってきてからイルカ先生に、お話があります」
「え?はい」
「ちゃんと俺の話を聞いてくださいね」
「はい」
「じゃ、俺は行きますので」
「あ、お気をつけて」
「はい!」
イルカに見送られてカカシは嬉しそうだった。
カカシが去ってからイルカはラーメンに取り掛かる。
やっぱりラーメンは美味かった。
ラーメンを食べ終わってイルカが代金を払おうとすると店主に断られた。
曰く、代金はイルカの分までカカシが払っていってくれたと。
店を出ると空は菫色なっていた。
じき、夜になる。
一番星が空にきらめいていた。
その星を眺めてイルカは呟いた。
「ラーメン、奢ってもらっちゃった」
カカシ先生に。
「今日はいい一日だったなあ」
しみじみと思った。
こうして来年も、こんな日が来ればいいなあと思ったのだ。
そういえば、とイルカは思い出した。
カカシが任務に行く直前、つまりラーメン屋を出る時にイルカに言ったことを。
「イルカ先生、誕生日おめでとうございます」
それが、とっても嬉しかったことを。
「いい人だなあ、カカシ先生」
イルカは平和な気持ちになる。
任務から帰って来たカカシに衝撃の事実を告白されて驚いて波乱万丈になるのは、まだ先の話であった。
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