四月二日
イルカは久しぶりの任務でが終わり里に帰ってきた時は、ひどく疲れていた。
もっと修行が必要だと痛感する。
だけど四月一日に帰ってこれて良かった、とイルカは思ったのだ。
朝方、里に帰って来れたので四月一日の時間は、随分と残っている。
四月一日は一年の中で一日だけ、嘘をついても許される日であった。
別の言い方をすれば、言ったことをやらなくてもよい、つまり言い逃げ可能な日ともいえる。
どうしても今日、イルカには、やりたいことがあった。
今日やらなければ、いつやるんだ、というイルカにしては珍しく悲壮な決意だった。
それは同居人カカシに対してある。
カカシはイルカの同居人だが、恋人だ。
優しくて、一緒にいると安心して、何よりも大切なの人だ。
いつもカカシさんは俺のことを察してくれて先に色々やってくれるけど、今日くらい色々と俺の方からしてみたい。
それはイルカの方からカカシを抱きしめたりキスしたり、ということだ。
せめてキスできなくても『キスしてほしい』とか言ってみたい。
たった、それだけのことをやろうと思うだけでドキドキする胸を押さえながら家に帰るとカカシがいた。
朝なので、出勤前だったらしい。
任務から帰ってきたイルカを見ると、安心したように微笑んだ。
「イルカ先生、お帰りなさい。怪我はない?」
「ないです。」
「泥だらけだねえ。すぐにお風呂を沸かすから入っちゃいなさいよ。」
「あ、はい。」
「ご飯は食べる?」
「いえ、一眠りしてからにします。」
「じゃあ、ご飯の用意していくから起きたら食べてね。」
「すみません。」
そう言いながらも、カカシはイルカが忍服を脱ぐのを手伝い、泥だらけの忍服を洗濯機に放り込む。
ついでに風呂も沸かした。
「明日は休みなんでしょ?」
「ええ、一日休みです。」
「ゆっくり休めるね。」
「はい。」
何から何までイルカはカカシにやってもらって申し訳ない気持ちになってくる。
「今日はカカシさんは?」
「七班との任務だから、早めに帰ってこれるよ。」
「そうですか。」
イルカは肩の力を抜いた。
「帰ってくるまでに、起きて夕飯の準備しておきますね。」
「ありがと。でも、無理しないでね。」
カカシは優しく言ってイルカの額に、ちゅっとキスをした。
「お風呂が沸いたみたい。入ったら、ちゃんと寝るんですよ。」
「はーい。」
そう言ってカカシは任務に行ってしまった。
カカシが沸かしてくれた風呂にイルカは、ゆっくりと浸かりながら息を吐いた。
「気持ちいいな〜。」
自分ちの風呂は最高、と思う。
そして考えた。
「今日中に、カカシさんに言わないと。」
言って、もしも実行できなくても、何とか言い逃れできる日は今日しかない。
今日を逃したら、また一年後だ。
できれば実行にも移したいが、それは大きな壁だ。
「とにかく、言わなきゃ始まらないし。」
カカシさんに言ってみよう、考えるのはそれからだ。
風呂から上がり、ベッドに入るとあっという間に眠気が襲ってくる。
布団からはカカシの匂いがして、イルカは安らかな気持ちになって目を閉じた。
昼過ぎくらいに起きれたらいいな。
そんなことを思いながら深い眠りに落ちていった。
イルカが次に目を覚ました時、外は明るかった。
時計を見ると、とっくに正午になっていて三時を過ぎていた。
でも、どうにか起きれた、とイルカはベッドの中で伸びをする。
体の疲れもとれて、気分もすっきりとしていた。
短時間で回復するなんて、俺もまだまだ若いじゃん、と少し自信もつく。
テーブルの上を見ると紙切れが一枚置いてあり、カカシの字で『ご飯は冷蔵庫』とだけ書かれていた。
「ご飯。」
その文字を見ると、ぐーっとお腹が鳴って急激に食欲が出てきた。
「食べよう。」
冷蔵庫に用意してあったご飯を温めるとイルカは猛烈な勢いで食べ始める。
僅かな時間で食べ終わるとイルカは寝室の壁に貼ってある、日めくりカレンダーを見た。
カレンダーは四月一日になっている。
よしよし、とイルカは作戦を練った。
どうにかして、さり気ないタイミングと自然な流れでカカシに『キスしてもいいですか?』とか『キスしてほしい。』とか言ってみたい。
細やかな願望だ。
食べ終えた食器を洗い終えるとイルカは夕飯の支度に取り掛かる。
今さっき、ご飯を食べ終えたばかりだが余裕で夕飯を食べれそうだ。
それに、カカシと一緒にご飯を食べたい。
夕飯はカカシの好きな物を作ろう、と思ったイルカだった。
夕方になってカカシは帰ってきた。
起きているイルカを見ると嬉しそうな顔になる。
「起きたんだね、イルカ先生。体の疲れはとれた?」
「はい、ばっちりですよ。」
カカシはイルカの傍まで来ると、腕を回してイルカの体を抱き締めた。
「あー、やっとイルカ先生が帰ってきたって感じだね。」
「あははは、帰ってきて、すぐに寝てしまってすみません。」
「いいのいいの。任務で疲れていたんだし、たっぷりと寝てしまうのはしょうがないよ。」
「はい。」
たっぷりと?
「体が睡眠を欲しがっていたってことだしね。夕飯、作ってくれたの?」
「あ、はい。もう食べれますよ。」
カカシの言い方に少し引っかかりを感じたのだが話題が変わり、イルカはすぐに忘れてしまった。
夕飯も食べて風呂にも入り、後は寝るだけである。
四月一日が終わるまで、一時間を切ってしまっていた。
イルカはカカシと一緒にベッドに入っている。
しまった、これじゃ寝てしまう!
カカシはイルカの傍らで、本を読んでいた。
眠る前は本を読むのが習慣になっていたのだ。
イルカも本を読む振りをしながら、ちらちらとカカシを伺っていた。
とうとう、カカシも気がついたようで面白そうにイルカを見る。
「どうしたの?イルカ先生、さっきから俺のこと、ずっと見てるよね。」
「え?」
指摘されてイルカは仄かに赤くなった。
「見てなんか・・・。」
いないと言いたかったが、意を決して言ってみた。
「見てました。」
「ふうん。」
カカシの口角が、にやりとするように上がる。
「なんで?」
「なんでって。」
イルカは口篭る。
言わないと、言わないと、ここで言わないと。
「あの、カカシ先生。」
イルカはベッドの上で起き上がり、カカシを見下ろすような形になる。
「じ、実は俺・・・。」
恥ずかしさがあるが言わなければいけない。
いつもカカシに言わせてばかりいるから、せめて今日だけでも。
今日なら、言い逃げできるし。
変なことで、自分を勇気付ける。
「俺、カカシ先生にキスして。」
そこまでは言えた。
「うん。」
カカシが、ものすごく楽しそうで嬉しそうな顔になる。
満面の笑みとは、このことを言うのだろう。
「イルカ先生、俺にキスしてほしいの?それとも俺にキスしてくれるの?」
「えっと。」
「何回くらい?たくさん?」
「た、たくさんで。」
たくさんとは、どのくらいだろうと不安になりながらイルカは答えた。
「そっか。」
カカシもベッドの上に起き上がって、イルカを逃がさないためにか手首を捕まえた。
「イルカ先生は、言ったことを守る人だよね?」
「え?ええ、まあ、それなりに。」
「さっき、言ったことは嘘じゃないよね?」
「キスをたくさん、ってことですか?」
「そうそう。」
なんだか、上機嫌なカカシの勢いにイルカは怖くなってきた。
「でも、今日は四月一日なので。」
言ってみただけです、と危うく言いそうになったのだが、カカシが何を思ったのか、すたすたと日めくりカレンダーの所に行く。
ビリビリと音がして、紙が破られた。
日付は四月二日になる。
カカシは、ぴらりと四月一日と書かれた紙をイルカに見せて、さらりと言った。
「今日は破るの忘れてました。」
「・・・・・・え?」
「今日は四月二日なんです。一日じゃないですよ。」
嘘をついていい日じゃないですよ〜とカカシは笑って言ったが、目は笑っていなかった。
「イルカ先生は嘘付きませんよね。」
カカシの言い方は確認ではなく確定だった。
しかし、イルカは別のことで驚く。
「ってことは、俺、丸一日以上寝ていたってことですか?」
「そうなりますねえ。イルカ先生、俺が昨日、帰ってきても熟睡していて起きませんでしたよ。」
「そんな〜。」
短時間で疲れがとれたのは間違いだったのか。
自分は若くなかった、とイルカは、がっくりしてしまう。
それにだ。
カカシがイルカを離さないように、がっちりと腕に中に囲った。
「さ、たくさんキスしましょうか。」
なんて言っている。
「う・・・。」
「誘ってきたのはイルカ先生ですよ。」
「そ、そうですね。」
イルカは観念したのだが一つだけ聞いておきたいことがあった。
「カレンダーを破るの、本当に忘れていたんですよね?」
「ホントホント。」とカカシは答えたが、真相は分からない。
イルカはカカシの言うことを信じることにした。
そして目を閉じるとカカシに自分の唇を寄せて、そっとキスを贈る。
いつもありがとう。
大好きです、と。
恋人たちの夜はまだまだ長く、たくさんのキスができそうだった。
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