俺の宝物
九月に入って、すぐ。
まだ残暑も残る頃。
「もうすぐ、カカシさんの誕生日ですね」
イルカが嬉しそうな顔をして言ったのをカカシは、よく覚えている。
「ケーキを予約しておきましたよ」
「ケーキ?」
「はい」
大きく頷いたイルカは得意げだった。
「木の葉の里で美味しいってお店をリサーチして、ちゃあんとカカシさんの誕生日に受け取れるようにしておきました」
美味しいお店のリサーチはサクラやいのに聞いたんですけどね。
「ホールのケーキでチョコのプレートには・・・」
そこで言葉を切ったイルカは唇に人差し指を立てた。
「何て書いたのか、それは当日までのお楽しみです」
カカシに報告するイルカは楽しそうだった、とても。
「だから九月十五日、カカシさんの誕生日、期待していてくださいね」
そう言っていたのに。
言っていたのに・・・。
カカシの誕生日にイルカの姿はなかった。
「はああ」
大きく溜め息を吐き出したカカシは、とぼとぼと歩いていた。
里中の賑わう通りを歩いていて周囲に人は大勢いたのだが、カカシは一人取り残されたような感覚に陥っていた。
周りの喧騒は耳に入ってこない。
自分の世界に浸っている。
視線は俯きがちで、俯くとどうしても手に抱えている箱が目に入ってしまう。
四角い白い箱は大した重さではないが、落とすことはできない。
カカシは落とさないように慎重に箱を抱え直した。
箱からは甘い香りが漂ってくる。
クリームやチョコの類の甘さだ。
甘い香りに胸が痛くなってくる。
憂鬱さが心を覆う。
ふと立ち止まったカカシは空を見上げた。
空は朝は晴れていたのに、今はどんよりとした灰色に雲に覆われて今にも一雨来そうだ。
まるでカカシの心情を表しているかのように。
そんな空に向かってカカシは、ぽつりと呟いた。
「イルカ先生・・・」
どこに行っちゃったの?
そして再び、深い溜め息が漏れた。
イルカが何故いないのか?
カカシの誕生日の五日ほど前に遡る。
イルカはアカデミー勤務なので通常は里外の任務に出ることはないのだが、任務に出ることになった。
高ランクの任務ではなく危険も大してない。
ただ複雑な地形で道が入り組んでおり、地図だけでは大そう分かり難い土地柄だったので数度、その土地へ赴いたことのあるイルカが抜擢された。
それだけのことだった。
任務前にイルカは言っていた。
「遠くもないし任務自体は難しくはないので道に迷わなければカカシさんの誕生日前には帰って来ますよ」
「道に迷うって・・・。イルカ先生、何回か行ったことあるのに迷うの?」
「いえ、まあ、それだけじゃないですけどね」
そんなことはないですけどね。
照れたように笑ったイルカは「可能性の問題ですよ」と言った。
「任務は何が起こるか判らないのが鉄則でしょう。なので、もし俺がカカシさんの誕生日までの帰ってこなかったらケーキ、俺の代わりに受け取っておいてくださいね」
イルカの言葉にカカシは眉を顰めた。
「縁起でもないこと言わないでよ」
そっとイルカを引き寄せて腕の中に囲う。
「無事に行って、無事に帰ってきて、無事な姿を俺に見せてくださいよ」
わざと無事という言葉を何回も言ってみる。
「イルカ先生が無事に帰ってきて、俺に無事に返ってくることが一番なんですから」
ね?とイルカの額にキスを落とした。
そんなことがあったのだ。
つい昨日のことのように思い出される。
イルカの声も温もりも。
なのにイルカはカカシの傍にいない。
途轍もなく寂しかった。
イルカが注文したケーキを家に持って帰ってきたカカシは人気のない自宅に肩を落とす。
やはりイルカは未だ任務から帰ってきてないらしい。
任務がきっちりと予定通りに遂行できないことは多々あることで数日の遅れなら寧ろ予定の範囲内と言える。
だけど・・・。
イルカがいない家がやけに広く感じる。
手にしたケーキの箱をカカシは冷蔵庫に入れようとしたのだが。
気が変わって居間に行き、テーブルの上に静かに下ろす。
イルカが言っていた言葉を思い出したのだ。
───チョコのプレートには何て書いたのか、それは当日までのお楽しみです。
そんなことを言っていた。
「何て書いてあるのかな」
少しだけ、わくわくしながらケーキの箱を開封していく。
真っ白い生クリームに包まれたケーキの上に二枚のチョコプレートが鎮座していた。
ホワイトチョコで文字が綴られている。
一つには定番の言葉。
『ハッピーバースデー!カカシさん!』
カカシの目じりが下がる。
そして、もう一つには・・・。
『これからも、いつまでも!』
隅っこに『スキ』と小さくあったのをカカシは見逃さなかった。
「スキ・・・」
スキは好き、だ。
「俺も好きだよ、イルカ先生」
狭くて広い、カカシが一人きりでいる部屋に声が響いた。
「誕生日なんて、俺の誕生日なんて」
どうでもいいから。
「帰ってきて、早く帰ってきて」
それから。
イルカは無事に任務から帰ってきた。
カカシの誕生日が過ぎてから五日後に。
やはり道に迷ってしまったとのことだった。
「土砂崩れや川の氾濫などで複雑な地形が更に複雑になり道が変わっていたりして」
手間取ってしまったらしい。
カカシに会うと、しゅんとしていた。
「すみません、誕生日までに帰ると約束したのに」
悲しそうな顔になっている。
「いいんですよ、そんなの」
「そんなのって・・・」
「いいんです!」
イルカの言葉を強引に遮るとイルカを強く抱き締める。
「イルカ先生が無事に帰ってきてくれて、それが何よりなんですから」
「カカシさん・・・・・・」
「よかった」
ほっと息を吐いたカカシの体の力が抜けていく。
「俺、イルカ先生がいないと駄目なんだって自覚しました」
「じかく?」
「そ。イルカ先生がいないと生きていけないって」
「・・・そんな、それは」
抱き締めていたイルカが赤くなる。
「それは、その、俺だって」
語尾は小さくなったがカカシの耳には、しっかりと届いた。
赤い顔のまま、イルカは顔を上げた。
カカシを見つめる。
「遅くなりましたが」
誕生日おめでとう、カカシさん。
ハッピーバースデー、カカシさん。
「ありがとう、イルカ先生」
にっこり笑ったカカシはイルカを抱き締めて。
抱き締められたイルカはカカシにキスをしたのだった。
なお、ケーキについては願掛けのつもりでカカシが全部、食したことをイルカは後で知る。
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