嘘から出た実
「んじゃ、俺はこれで」
カカシは火影の執務室にいた。
任務が終わって帰還し火影に報告をしていたのだ。
五代目火影の綱手は頷く。
「ご苦労、一日休んだら、また頼むよ」
任務があることをほのめかした。
「いや、いいです遠慮します」
カカシは肩を竦める。
このところ忙しくて碌に休んでない。
任務続きなのだ。
「遠慮するな、カカシ」
綱手は強引だ。
「たんまりと任務はあるからな」
にやり、と笑みを見せる。
綱手も仕事仕事で忙しく休んでいる暇はない。
カカシも道連れとばかりに任務をさせようとしているのが、みえみえだ。
「嫌です、俺は休みます。もう二週間も連続で昼夜問わず任務してるじゃないですか」
「私だって一週間休みなしだよ、睡眠時間も削っている」
「俺は二週間です」
「一週間でも二週間でも同じことだ」
もはや口喧嘩に近い。
「とにかく!」
カカシは執務室の扉のノブに手をかけた。
「俺は二、三日は休みますから!」
声高らかに勢いのまま、扉を開いたのだが。
ごんっ。
火影の執務室に入って来ようとした人物に、その扉が当たってしまった。
不幸にも扉は入って来ようとした人物の額にヒットして、更にその人物は額宛を何らかの理由で外していた。
そして火影の執務室の扉は侵入者に備え、硬くて重くて頑丈だったのである。
その扉がカカシの強い力で勢いよく開けられて額にヒットした。
入ってきた人物は両手にたくさんの書類を抱えて自分の身を庇うことも受身も取ることが出来ずに。
運悪く、後方に吹っ飛び壁にぶつかったのであった。
「げ!」
「あ!」
カカシと綱手が同時に叫ぶ。
「イルカ先生!」
「イルカ!」
入って来ようした人物はアカデミーの教師で時々、綱手の手伝いもしている仕事熱心な中忍のうみのイルカであった。
おそらくイルカは室内の様子に何かを察知してカカシが出てくるまで扉の前で待っていたと思われる。
そんなイルカの額へカカシの開けた扉が激突したのだ。
吹っ飛んだイルカは持っていた書類を撒き散らして目を瞑っている。
額は赤く腫れていた。
「大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄ったカカシはイルカを抱き起こす。
目を閉じたイルカは苦しそうな表情をしている。
意識がない。
「ごめんね、イルカ先生」
カカシの胸に反省と後悔が押し寄せてきた。
何しろイルカはカカシの想い人である。
まだ告白こそはしていないが。
いつかは熱烈な、この胸の愛を伝えようと心に決めていた。
そんな人がカカシの所為で意識を失っているのだ。
とても心配になる。
「火影様」
カカシは綱手を呼び乞う。
「イルカ先生を診てください、早く急いで今すぐに!」
「解っているって」
綱手はイルカの傍に来ると腰を下ろしてイルカの顔を覗き込んだ。
「額は擦り傷・・・」
体も素早く診る。
「体に外傷はなし、と」
「う、うーん」
カカシに抱き抱えられているイルカが唸り声を上げて、薄っすらと目を開いた。
「あ、イルカ先生!」
真っ先にカカシが声を掛ける。
「大丈夫ですか、どこか痛いところは?すみません、俺が考えなしに扉を開けたばっかりに」
「平気かい、イルカ?」
声を掛けられて、はっきりと目を見開いたイルカはカカシを見る。
そして綱手を見た。
さかんに目を瞬かせて二人を見ているが、どうも様子がおかしい。
「イルカ先生?」
名を呼んでも反応がしない。
まるで二人に初めて会ったかのような顔をして二人を見ている。
カカシと綱手は嫌〜な予感がした。
そしてお決まりの言葉がイルカから出た。
「ここはどこですか?私は誰なんでしょう?」
なんと、あろうことか・・・。
記憶を失っていたのである。
「打ち所が悪かったのかねえ」
綱手が溜め息を吐く。
「イルカ先生を働かせすぎたからですよ」
カカシは綱手を責めるような口調だ。
「イルカ先生、もう二週間以上休んでいないじゃないですか」
疲れが溜まって仕事が嫌になって何もかも忘れたくなったんですよ、とカカシは推論した。
「んなこと言ったって、しょうがないじゃないか!だいたいねえ・・・」
再び、口喧嘩の様相を呈してきた時、イルカがおずおずと言ってきた。
「あの、すみません。お取り込み中のところ・・・」
イルカは、まだカカシに抱き抱えられていた。
「あ、すみませんイルカ先生」
カカシがイルカの方へと向き直る。
「説明がまだでしたね、あなたはどうやら記憶喪失みたいなんですよ」
優しく説明している。
「きおく、そうしつ?」
言われてもイルカは、すぐには飲み込めないらしく首を傾げている。
「そうなんです、あなたの名前はうみのイルカで誕生日は五月二十六日、好物はラーメンで最愛の恋人は俺です」
「こら・・・」
「俺の名前ははたけカカシ、俺が恋人なので何も心配要りませんよ。俺たちは付き合いも長く、周りも祝福してくれて公認の仲です」
「おい、カカシ・・・」
「家はお互い持っていますが今はイルカ先生は俺の家で専ら暮らしています。幸せな同棲生活ってやつですね」
「ちょっと待て、それは・・・」
「俺もイルカ先生も深く愛し合っていて一生涯、人生を共にすることを誓い合っています。二人の愛は永遠です」
にこにこと無邪気に笑うカカシはイルカに現実と全く違うことを教えていた。
多分、カカシの夢と希望と願いだろう。
それを、すらすらと口に出している。
「そうなんですか!」
イルカ安心したようにカカシを見ている。
一分もカカシの言うことを疑うことをせずに信じきっているようだった。
「カカシさん!」
「イルカ先生!」
二人が見詰め合った時に、ごつっと豪快な音がした。
「いってー!」
綱手の拳骨がカカシの頭に落ちたのだ。
「何、嘘ばっかり言ってんだ!事実と全然、違うじゃないか!」
「少しくらいいいじゃないですか!」
カカシが果敢にも反論した。
「だって今日は四月一日ですよ!」
四月一日、いわゆる嘘をついていい日だ。
ちょっとした嘘ならば。
「人の人生を変えるような嘘を尤もらしくつくな!」
綱手は一喝した。
「好きだったら正々堂々、告白して玉砕しな!」
「・・・・・・玉砕前提ですか」
「そこをどきな、カカシ」
綱手はカカシを押し退けるとイルカの額に手を当てた。
「ふむふむ、なるほど」
自らのチャクラを、ゆっくりとイルカに注いでいる。
「神経があーなってこーなって」
一人ぶつぶつ言ったかと思うと、ぽんと最後にイルカの肩を叩いた。
「はい、終わり」
肩を叩かれたイルカは、びくりと体を揺らして目を閉じた。
次に目を開いた時には正常な記憶を持つ、普段のイルカに戻っていた。
「ま、なんていうか。仕事の疲れからくる、ちょっとした現実逃避って言うかなんていうか一時的な記憶喪失だな。神経系が混乱してだけだったんで、すぐに治った」
「火影様・・・」
「私が解るかい?」
綱手の問いかけにイルカは頷く。
「カカシは?」と綱手がカカシを指差すとイルカは頷いた。
ほんのりと顔を赤くして。
先ほどのことを、ばっちり覚えているらしかった。
カカシが言った嘘八百のカカシの夢と希望と願いの未来を。
しかしイルカを見ていると、それはあながち嘘ではなく現実になりそうな予感がしてくる。
イルカを見ているカカシの目は優しくあたたかく、カカシを見ているイルカの目にも同様の色が浮かんでいた。
二人の周囲は、もはや甘い空気が漂い始めている。
綱手は落ちている書類を、ぱぱっと拾ってカカシとイルカに声を掛けた。
「二人には二日休暇をやるから、存分に休んでおくれ」
聞こえているのかいないのか・・・。
二人は見つめあったままだ。
綱手は書類を抱えて一人寂しく火影の執務室に戻る。
あとは若い者同士で、と気を利かせたのだが。
「寂しいなあ・・・」
今日は付き人のシズネも任務に出ている。
カカシとイルカの様子から見て、きっと上手くいくに違いない。
今日は嘘を吐いていい日だけど。
はあ、と綱手は息を吐く。
「嘘から出た実か」
外を見ると早咲きの桜が蕾を綻ばせていたのだった。
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