チェンジ
十月の最後の日。
妙に、にぎやかな夜だった。
カカシは里の繁華街を歩いていたのだが、いつもと雰囲気が違うのを感じた。
否、雰囲気というよりも空気が違った。
いつもの空気に何かが入り込んだような・・・。
だが正体が分からない。
見た目は変わりがないのに、何かが違う。
違いが分からなくてカカシは少しイライラとしてしまう。
気にしなければいいのに気になった。
人々や店は見た目は同じなのに、カカシの嗅覚が違和感を訴える。
いったい、何が起こっているのか。
眉を顰めたまま、カカシは早足で繁華街を通り抜けた。
「あ、カカシせんせ〜」
陽気な声に呼び止められてカカシは振り向いた。
視線の先にある人を見つけて破顔する。
「イルカ先生!」
つい最近、知り合いになった人だった。
カカシにとっては現在、途轍もなく一挙手一投足が気になって仕方がない人だ。
「こーんばんはー」
イルカは、にこにこしていたが足元が覚束ない。
カカシに近寄ろうとして、ふらっとよろめいた。
「危ない!」
さっと駆け寄り支えると、イルカはすんなりとカカシの腕に収まった。
「あー、すみませーん」
腕の中から、警戒心の欠片もなく無防備でカカシを見上げくるものだから、どきりとした。
その自分の心臓の音には気がつかない振りしてカカシは支える腕に力を込めて、無意識の内にイルカを自分の方に引き寄せた。
「ちょっとー、飲んじゃってえ」
へへへへ、と笑うイルカは酒の所為なのか、どこか幼かった。
口調も、たどたどしい。
カカシが知っているイルカは、きちんとした人で礼儀正しく酔った姿など全く想像できなかった。
なのに、今夜のイルカは普段とは違う姿でカカシの腕にいる。
夢かと思った。
しかし、引っかかることがある。
「・・・誰と飲んでいたんですか?」
自分の口から、そんな質問が勝手に飛び出てきた。
「えー、誰とってー」
「どこかの誰かと飲んでいたんですか、二人きりで?」
カカシの声が知らず低くなっていく。
先ほどのドキドキとは別に、もやもやとしたものがカカシの胸に立ち上ってきていた。
それは楽しいものではなく、どちらかというと黒く不愉快なものだった。
「えーとですねえ」
何がおかしいのか、イルカがくすくすと笑う。
その笑いがカカシの胸に響き、もやもやとしたものが次第に形になっていくのが分かった。
渦を巻いて、急速に形になったのは・・・。
自分は誰かがイルカといたことに妬いているのだ。
「女の人ですよー」
そのイルカの一言で完全に確定した。
嫉妬に間違いない。
そして何ゆえ、嫉妬という感情が芽生えたのかもカカシは理解した。
「へー、女の人とねえ」
ともすれば、問い詰めたくなるのをカカシは堪えてイルカに尋ねた。
「その女の人とイルカ先生は二人きりで飲んでいたんですか?」
努めて冷静に声を出す。
「そうでーす」
イルカは何かを思い出しているのか、楽しそうに頷いた。
「二人きりでお酒を飲んでいましたー、すっごく美味しくて飲みすぎちゃってえ」
「そう」
「そうそうそうなんですよ、目の前を歩いていたおばあちゃんが茨の弦を絡ませた杖を落としたので拾ってあげたら、お礼をするって言われて、どこか知らない不思議な場所に連れて行かれて、飲むと少しだけ変わった自分になるっていう異国のお酒をご馳走になったんですー」
「おばあちゃん・・・」
「はい!」
イルカは元気よく返事をした。
ほっと安心してカカシは力が抜ける。
「で、ですねえ」
内緒話でもするようにイルカは背伸びしてカカシの首に両腕を回し、耳元に囁いてきた。
それだけでも心臓が止まりそうになるほどの充足感が襲ってくるのに、囁かれた内容にびっくりした。
「も一つ、お礼をするって言われてですねえ、今夜、運命の人と引き合わせてあげようって」
運命の人!
ときめくような言葉だ。
出来ることならイルカの運命の人になりたい。
嫉妬が芽生えた先にあるのは恋愛感情だから。
だから、なってみたい、イルカの運命の人に。
とは思うものの、最近、知り合いになったばかりの人にこんなことを思うのはおこがましいだろうか。
もう少し、自分の人と形を知ってもらって親しくなってからの方が・・・。
カカシが思考の迷宮に陥りそうになっていると笑い声が聞こえた。
それはイルカの声。
くすくすとは違う、もっと艶めいた感じの密やかな声。
腕の中のイルカを見ると、見たこともないような目でカカシを見ていた。
黒い目を細めて色っぽい流し目でカカシを見ている。
まるで別人のようだった。
酔ったイルカにも驚いたが、こちらのイルカには更に驚いた。
「ふふふ、カカシさん」
「あ、はい」
今の今まで、カカシさん、なんて呼ばれたことはない。
「躊躇っていたら横から掻っ攫われてしまいますよ、大事な人を」
「はあ」
「思い立ったが吉日というじゃないですか」
「まあ、そうかも」
イルカの変わりように目を奪われてカカシはイルカの言葉が碌に耳に入ってこない。
「若いんだから突っ走らなきゃ」
「ええ」
「今日は特別な日なんですから」
「え?」
特別な日って何だろう。
考えているとイルカが腕をカカシの首に回したまま、カカシの真正面に立つ。
顔と顔が近く、今にも唇が触れそうだ。
「俺がカカシさんの想いを知らないとでも思っているんですか」
間近で微笑むイルカは大変魅力的で黒い目に引き込まれそうになる。
潤んだ瞳は誘われているようでカカシは激しく動揺した。
くらくらと目眩にも錯覚を引き起こす。
背後の暗闇がイルカの微笑みを、いっそう引き立てた。
一歩間違えば魔性の者だと思われそうな笑み。
だけども。
それを最後にイルカは、かくっと力を失いカカシの腕に雪崩れ込んできた。
しっかり、それを受け止めてイルカを見ると、すやすやと眠っていた。
ぐっすりと、安らかに。
「イルカ先生」
呼びかけるが反応はない。
ふーっとカカシは大きく息を吐いた。
さっきのあれは何だったのだろう。
よく分からない。
ふと、辺りを見回すと里の賑わいがいつもの通りになっている。
カカシが感じた違和感はなくなっていた。
「なんなんだろうねえ」
がしがしと頭を掻いてカカシはイルカを、よいしょと抱き上げた。
寝てしまったのだから家に連れて帰ろう。
それくらい、いいだろう。
明日の朝、目覚めたイルカに告白しようと思ったのだった。
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